「遺産分割調停」を利用したいのですが、注意点はありますか

相続が発生した場合、相続人全員で「遺産分割協議」を行う必要がありますが、簡単にまとまらない場合があります。相続人それぞれに「言い分」があるため話がまとまらないのです。遺産分割協議がまとまらなければ、相続手続を進めることができません。不動産の名義変更や預貯金の相続手続など資産承継手続がストップします。


このような場合の対応として、いきなり弁護士を入れて裁判での決着を考えることは少ないと思います。引き続き話し合いを行って、なんとか妥協点を見出して解決したいと考えることが多いと思います。しかし、お互いが自分の「言い分」を主張し合っているだけでは、なかなか決着することは難しいと思います。

言い争いがあまり長く続くと中立的な第三者にお互いの言い分を聞いてもらって、世間常識的な観点からの判断を仰ぎたいと思うことがあります。そんなとき思い付くのが家庭裁判所が運営する「遺産分割調停」です。

(「遺産分割調停」とは )

遺産分割調停とは、「家事審判官(裁判官)」と「調停委員」で組織される調停委員会が、中立公正な立場で、当事者双方から言い分を平等に聞いて調整に努め、具体的な解決策を提案するなどして、遺産分割について、話し合いで円満に解決できるよう斡旋する手続きです。

調停委員は、民間から選出された非常勤の裁判所職員です。調停は、「調停委員会」という組織で行われます。調停委員会は裁判官と調停委員2人以上で構成され、遺産分割調停などの家事調停では、通常、調停委員は男女1人ずつが選任されています。

なお、調停委員には年齢が40歳以上70歳未満で次の条件の方が選任されることになっています。

・弁護士となる資格を有する者

・民事もしくは家事の紛争に有効な専門知識経験を有する者

・社会生活の上で豊富な知識経験を有する者

上場企業や公務員などを定年退職された方など高齢の方が選任されていることも多いと思います。人生経験豊富な方から常識的な解決策を与えてくれる場でもあります。


(「遺産分割調停」のメリットとデメリット )

(メリット)

① 費用が安い

調停手続に必要な申立費用や裁判所に提出する資料の収集費用を含めて数千円程度で収まります。但し、不動産などの評価額に争いがある場合で鑑定を望む場合は費用がかかります。(20万~60万円程度) また、裁判所に提出する書面の作成などに不安のある方は、司法書士に依頼することになりますが、司法書士報酬が必要になります。


② 世間常識的な解決が図れる

調停手続では、人生経験豊富な調停委員が双方からの「言い分」を聞いた上で、調停案を提示してくれますので、一定の納得感のある結論になりやすいと思います。

遺産分割協議でもめるのは、自分の「言い分」が世間常識的に見て正当であると思っているため、強硬に自己主張することが多いと思います。調停委員から世間の常識水準を聞いて納得する場合も多いのです。

③ 親族間で「遺恨」が残らない

争族問題で家族や親族が断絶状態になることがあります。裁判で決着した場合はその可能性が高いと思います。それに対して「調停」での決着は、双方からの歩み寄りでの決着のため、比較的穏便に解決する場合が多いと思います。お互いの内心は分かりませんが、親族関係が断絶することは少ないと思います。


(デメリット)

① ある程度の期間が必要になる

裁判所を利用した手続きであるため、短期間で完結することは難しくなります。裁判所での話し合いの機会を「期日」と言いますが、期日は1ヶ月に1回程度で進行しますので、一定の期間が必要になります。通常、早くても4~5回程度の期日は必要になりますので、半年から1年程度は覚悟する必要があります。

② お互い譲り合うことが必要になる

話し合いによる「調停」ですので、一方の主張が100%通ることはないと思います。お互いが譲り合うことによって「落とし所」を探す決着になります。全く譲る気持ちのない場合は、「調停」は不向きだと思います。

③ 「調停」は素人どおしの話し合いだと安易に考えて臨むと解決が難しくなります

遺産分割調停の手続きの進め方や必要書類などの段取り関係の事柄については、裁判所は親切に教えてくれます。しかし、裁判所は公平中立な立場で双方に接する必要があるため、紛争の中身に関することについての対応は、極めて「冷たい」態度になります。

そのため、「遺産分割調停」において、どのように紛争を解決していくかということについて、一定の「テクニカル」な前提知識が必要になります。この点を理解していないと調停が長引いたり、不成立になることが多くなります。(必要な前提知識は後述します。)

その結果、調停委員に対して、「不親切だ」「話を聞いてくれない」「突き放された」などの不満が多く出ることになります。

④ 調停案に納得できなければ「調停不成立」になる

双方が譲り合って決着する調停手続では、原則として、相続人の1人でも反対すれば調停は不成立になります。決着を図るには、裁判手続きに進むことになります。


(「遺産分割調停」を利用する場合の注意点 -「必要な前提知識」- )

◆ 遺産分割調停の進め方には、一定の手順が決まっている。

遺産分割調停の進め方は決まったスタイルがあります。これを「段階的進行モデル」と言います。このモデルの進め方に従って進行していきますので、勝手な進め方はできません。

<段階的進行モデル> 次のように進行します。

① 「相続人の範囲」の確定
② 「遺産の範囲」の確定
③ 「遺産の評価」の確定
④ 「各相続人の取得額」の確定
⑤ 「分割方法の決定」

それぞれの段階を確定して次の段階に進んでいきます。段階を飛び越した主張は「無視」されます(聞いてもらえません)。

①「相続人の範囲」では、相続人は誰なのかを調査して確定します。争いがなければ、提出された戸籍等を調査して確定します。認知されていない子が相続権を主張する場合など争いがある場合は、別途、人事訴訟や家事事件の裁判などを提起して決着させる必要があります。調停手続内での主張はできません。

②「遺産の範囲」では、遺産に含まれる財産を確定します。この部分に争いがある場合は、その範囲を確定するために、別途、民事訴訟を提起して決着させる必要があります。遺産の範囲についての主張を調停手続の中で主張することはできません。

実際、この部分での争いが最も多いと思います。典型的なものとして「遺産の使い込み」「使途不明金」などの問題です。「父の預金を兄が使い込んでいた。」「亡くなってから母の通帳から預金が引き出されている。」などの争いです。


この問題の決着は「調停」では扱ってくれません。別途、「不当利得返還訴訟」等の民事訴訟を提起して解決する必要があります。

この①②などの問題のことを裁判所では「前提問題」ということがあります。「それは前提問題なので、別途裁判しなさい。」と言われます。調停手続では、①②について争いのないことが「前提」なので、そこに争いがある場合は、決着してから出直してくれということです。

③「遺産の評価」では、遺産の価格について確定します。不動産の価格について、固定資産税評価額でいくのか時価で行くのか、時価で行くとすればいくらになるのかなどの問題です。争いがある場合で当事者間で合意できなければ、裁判所による「鑑定評価」を行うことになります。


④ 「各相続人の取得額」では、各相続人の法定相続分を修正する事情について検討します。具体的には、「特別受益」「寄与分」などの有無やその額について確定します。生前の親からの贈与や親への献身的な看護などについて特別受益や寄与に当たるかどうか検討されます。必要な証拠資料を各人が提出して主張・立証します。

⑤「分割方法の決定」では、これまでに確定された「相続人」「遺産の範囲」「遺産の評価」を前提として、特別受益や寄与分を加味した「法定相続分」を基準とした遺産分割案が示されます。但し、不動産などの現物としての遺産を法定相続分で分割することができない場合は、「代償金」等の支払を含めた分割方法が示されます。

以上のように遺産分割調停では「段階的進行モデル」に従って進められていきますので、前提問題で色々と主張しても無駄になります。前提問題で争いのある事項については、調停前に話し合いで決着しておくことが必要になります。前提問題に異論がなければ、調停手続は比較的スムーズに進行すると思います。

特に、前提問題で争いの多い「遺産の範囲」については、法律実務上で取られている基本的な考え方を理解する必要があります。具体的には、『 遺産分割調停において遺産とは、相続開始時と遺産分割時に存在しているプラスの財産とする 』という考え方です。

相続開始時とは、亡くなった時です。遺産分割時とは今現在という意味です。つまり、「亡くなってから相続人の1人が仮に使い込みをしても、その行為は問題のある行為ではあるが、遺産分割調停で対象とする遺産の範囲は、現在残っている財産である。」ということになります。

この点が納得できない相続人は、別途、使い込みをした相続人宛てに民事裁判を起こして使い込んだお金を請求しなさいということになります。つまり、調停外で解決しなさいということです。

この辺りのさばきかた方を理解していないと調停委員に対して不満が募ることになります。

調停で臨む以上、多少の不満はあるものの、使い込み分は不問に付して調停を成立させるか、前提問題の解決のため裁判をするかの選択になります。

(まとめ)


遺産相続で揉める場合、できれば話し合いで円満に解決して頂きたいと思います。しかし、現実には、話し合いでの決着が難しい場合もあります。裁判手続きに直接進むにはためらいがある場合、「調停手続」が検討されます。

調停手続はメリットも多く利用価値のある制度です。上手く活用できれば、費用も安く済み、親族関係への「しこり」も残りにくいと思います。しかし、利用に当たっては、一定の「作法」がありますので、事前によく研究されて望まれることをお勧めします。

不安のある方は、裁判書類作成の専門家である司法書士に相談すれば、裁判書類の作成とともに必要な助言を受けることができると思います。悩まれている方は、お近くの司法書士に相談下さい。

 

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