「遺言」で長女一人に財産を相続させて「認知症の配偶者」の面倒を見てほしいと書けますか

認知症の配偶者がいる場合、自分が亡くなった後の配偶者の面倒について真剣に考えることになります。子供の中で普段から配偶者の面倒見ている長女に自分が亡くなった後のことを託したいと考える場合があります。このとき、長女以外にも推定相続人として長男や次男がいる場合、相続財産は長女に全て相続させて残された配偶者の世話に使ってほしいと考えるときどのようにしたら良いでしょうか。


このような要望を実現する方法として、比較的簡単な方法としては、「遺言書」の作成があります。他にも「家族信託」の活用など色々な手段はありますが、遺言書を活用することが一般的に行われると思います。

(「遺贈」と「相続」の違いについて )

今回の問題を遺言で解決するには、前提知識として「遺贈」と「相続」の違いについて理解しておく必要があります。

遺言書を使って財産を譲ることを「遺贈」といいます。例えば、遺言書で「私が亡くなったら全財産を山田太郎さんに遺贈します。」と書くことです。遺贈は遺贈する相手が相続人でも第三者でも構いません。

ところで、相続人に財産を譲る場合、遺言書では通常「遺贈する」という文言を使用しません。「相続させる」という文言を使用します。例えば、「自宅を長男に相続させる。」と書きます。これは、「遺贈」と「相続」では法的な効果に差異があるからです。

法的な効果の違いとして、まず、遺言の効果を「放棄」したいときに見られます。

財産を譲られた者が財産の取得を希望しない場合、「遺贈」では「遺贈の放棄」をすることができます。一方、「相続」の場合は「相続の放棄」を行います。この2つの放棄の間には大きな違いが生じます。「遺贈の放棄」は譲られた財産についてだけ放棄することになりますが、「相続の放棄」は相続人としての地位を含めて全ての相続財産(負債も含む)について放棄することになります。

その結果、遺言書に「自宅の裏山を長男に遺贈する」と書かれていた場合、長男が裏山を相続したくない場合は「遺贈を放棄」すれば良いことになります。一方、遺言書に「自宅の裏山を長男に相続させる」と書かれていた場合、長男が裏山を相続したくないので「相続の放棄」をすると裏山以外の全ての相続財産を放棄したのと同じ法的効果となります。

 


このような法的な違いを見ると遺言書は相続人に対しても全て「遺贈する」と書いた方が良いように感じると思います。しかし、実務では従来より「遺贈する」とは書かれません。それは、相続財産の中で重要な財産である自宅などの不動産について、登記手続上、「遺贈する」と書くと手続きが面倒なことになるからです。

「相続させる」と書かれていれば、相続財産は遺言者が亡くなった瞬間に相続させると書かれた相続人の所有になると考えられています。その結果、自宅などについて相続人が相続登記を行う場合、相続人が「単独」で行うことができます。既に自分の財産になっている自宅の登記ですから自分一人でできるのです。

一方、「遺贈する」と書かれていると相続財産を「譲る」という行為(形)が必要になります。その結果、相続人全員による「共同」での登記申請行為が必要になります。譲る本人は既に亡くなっていますので、その相続人全員から自宅を相続した相続人へ譲渡があった形にして登記を行うのです。

つまり、亡くなった遺言者から財産を相続した相続人に対して譲渡した形にするのです。そのため登記手続きについて相続人全員を巻き込んで面倒な手続きになります。(但し、遺言執行者が定められていれば、遺言執行者と財産を遺贈された相続人の2人で行うことができます。)

このように「遺贈」とすると登記手続きが面倒になるため実務では多くのケースで相続人に対する遺言は「相続させる」と書かれてきました。

相続人に対して「相続させる」という遺言が一般化したため、最近の相続法の改正で、特定の相続財産を特定の相続人に「相続させる」遺言のことを「特定財産承継遺言」と名称まで新設され条文化されています。

※ なお、「遺贈」と「相続」の文言上の差異でこのような違いが出ることはおかしいのではないかとの考え方から、相続登記について「遺贈する」旨の遺言についても単独申請を認める改正が行われています。しかし、実務に定着するにはしばらくの時間が必要だと思います。


( 今回の問題の対応方法 )

認知症の配偶者の面倒を見る代わりに相続財産を「与える」という内容の遺言書を書くことができます。この「与え方」として「遺贈する」方法と「相続させる」方法があります。

遺贈する方法で与えることを「負担付遺贈」といいます。配偶者の面倒を見ることは一種の負担です。この負担と引換に一定の財産を与えるわけですから、負担の付いた遺贈という意味で「負担付遺贈」ということです。負担付遺贈については、民法にも条文が定められており法律効果も明確となっています。

一方、相続させる方法で与えることを「負担付相続させる旨の遺言」と言います。こちらは民法に定めはありません。しかし、遺贈と同様に負担を付すことができると考えられています。

この「負担付の相続させる旨の遺言」により、今回の事例における問題を解決することができます。

なお、負担を履行する範囲は、いずれの場合も与えられた財産の範囲内で行えばよいことになります。親の面倒を見る代わりに500万円与えられた場合は、500万円の範囲を越えて面倒を見る義務はないことになります。


( 負担付相続させる旨の遺言書の記載例 )

遺言書の記載方法としては、次のような記載例になります。

第1条 遺言者は、その有する一切の財産を長女山田花子(昭和〇〇年〇月〇日生)に相続させる。

第2条 前記山田花子は、前条で全ての財産を相続する負担として、以下の事項を履行しなければならない。

(1) 遺言者の妻山田良子(昭和〇年〇月〇日生)が死亡するまで同人と同居し、世話をし、扶養する。

(2) 前記山田良子が高齢者介護施設等への入居が必要な場合は、適宜の時期に高齢者介護施設等と入居契約を締結し、前記山田良子を高齢者介護施設等に入居させる。

第3条 遺言者は、この遺言の遺言執行者として、前記山田花子を指定する。
2 遺言執行者は、移転登記手続、預貯金の解約、払戻し、名義変更、貸金庫の開扉、貸金庫契約の解約その他この遺言の執行に必要な一切の権限を有する。


( 長女が母親の面倒を見ないときの取り扱い )

このような形で亡くなった父親から相続財産を取得しておきながら、長女が母親の面倒を見ない場合はどうしたら良いでしょうか。この場合は、他の相続人から長女に対して相当の期間を定めて母親の面倒を見ることを「催告」することができます。

催告を受けても一向に母親の面倒を見ようとしない場合は、他の相続人は「遺言の取り消し」を家庭裁判所に請求することができます。(負担付遺贈の取消に関しては民法に定めがありますが、負担付相続させる旨の遺言についてはありません。しかし、同様に認められると考えられています。)

家庭裁判所が負担付相続させる旨の遺言の取消しの審判をした場合、遺言は遡及的に効力を失い、相続財産は全ての相続人に帰属することになります。その結果、全ての相続人によって遺言書がないものとして改めて遺産分割協議を行うことになります。

 


( 負担付相続させる旨の遺言と「遺留分」の関係 )

今回の事例のように長女一人に全ての相続財産を相続させると、当然、他の相続人の「遺留分」を侵害することになります。この結果、長男などが長女に対して「遺留分侵害額請求」を行うことが考えられます。

負担の付いた遺言だからと言って他の相続人の遺留分を侵害することはできません。その結果、自分の遺留分を侵害された相続人は遺留分侵害を訴えることができます。

但し、遺留分侵害額請求を行った結果、長女から遺留分を請求した長男に請求額を支払った場合、その請求金額は、当然、長女が相続した相続財産から控除されます。その結果、認知症の母親の面倒を見ることのできる資金がその分少なくなってしまいます。

そこで、長男などから遺留分の請求を受けないように事前の対策を講じておくことが必要になります。方法としては、次の2つが考えられます。

① 遺言書を作成する段階で長男とよく相談して長男の事前の同意を得る努力をする。

② 遺言書の「付言事項」に遺留分を主張すればその分母親の介護費用が少なくなる旨を書いておく。遺言書を読んだ他の相続人の理解を求める。


(まとめ)

自分が亡くなった後の認知症になった配偶者の生活に不安を感じている方は多いと思います。自分の財産をできる限り残された配偶者の介護に使いたいと考える方もいると思います。

子の中に配偶者の面倒を見てくれる者がいれば、この子に託したいと考えることが人情だと思います。今回、このような場合に活用できるものとして「負担付相続させる旨の遺言」について説明しました。

遺言書によらないで「家族信託」を活用すれば、もう少しきめ細かく対応できる場合があります。しかし、遺言書による方法は簡便でありながら一定の効果がありますので選択肢として考えてみる価値はあります。

詳しいことは近くの相続に詳しい弁護士や司法書士にお尋ね下さい。色々なアドバイスをしてくれると思います。

 

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