「株式」や「貸付金」を遺言書で遺贈したい場合、どのように書いたら良いですか

遺言書を書く場合、「遺贈する対象の特定方法」が重要になります。特定方法の書き方が不十分の場合、「遺言者はこの遺言書で何を遺贈したかったのか」について混乱が生じることになります。また、遺言書に従って遺言を実際に実現(「遺言執行」と言います)しようとしても遺贈の対象が不明確の場合は実現することが難しくなります。

不動産を遺贈する場合は遺言書の書き方のマニュアル本などで紹介されていますので、問題のあるおかしな特定方法はあまり見かけなくなりました。不動産の場合は「不動産登記事項証明書」を登記所で取得して、その記載通りに書けば良いことになります。


< 不動産の遺言書での特定方法 例 >

1. 土地

所 在  何県何市何町何丁目
地 番  〇〇番地○○
地 目  宅地
地 積  123.45㎡

2. 建物

所   在 何市何町何丁目○番○号
家 屋 番号 〇〇番○
種   類 居宅
構   造 木造瓦葺2階建
床 面 積 1階 75.50㎡
      2階 45.22㎡ 

問題は「株式」「貸付金」については、またまだ特定方法が不十分なケースが見られることです。遺贈関係者間で遺言内容に異存がなくても、遺言執行の相手方である株式発行会社や証券会社、貸金債権の相手方である債務者などが遺言の執行に難色を示すことがあります。

相手方としても遺言書の記載を根拠に遺言の執行に応じるわけですから、特定方法が不十分な状態で遺言の執行に応じれば、後々に問題が生じた場合、責任を負う恐れがあるからです。

 

そこで、次に「株式」や「貸付金」の遺言書の書き方について見て行きます。


(「株式」の遺言書での特定方法 )

株式についてよく見かける遺言書の書き方に次のようなものがあります。

第○条 遺言者は、遺言者が有する下記株式を、遺言者の孫 甲野花子(昭和〇年〇月〇日生)に遺贈する。       記

1. 〇〇〇株式会社の株式 1,000 株
    ◇◇◇株式会社の株式 2,000 株

しかし、この書き方では特定方法が必ずしも十分とは言えません。

株式については「上場株式」「非上場株式」で書き方を分けて、次のように書いた方が良いと思います。(なお、上記のような簡略的な書き方で実務が回っている場合もあります。)


< 株式の遺言書での記載 例 > (1の株式が上場株式、2の株式が非上場株式の例です。)

第○条 遺言者は、遺言者が有する下記株式を、遺言者の孫 甲野花子(昭和〇〇年〇月〇〇日生)に遺贈する。                                               記

  1.  株 式

口座開設者 甲野太郎 (住所: 何県何市何町何丁目○○番○号) 
加入者   甲野太郎
口座番号  〇証券会社○支店 12345
銘 柄   〇株式会社普通株式
コード番号 1234
数 量   1000株

  1.  株 式

会社名   〇〇株式会社
券 種   普通株式100株
記 号      〇〇
番 号      〇〇〇〇

上場株式は「株式等振替制度」により、現物での株式は廃止され全ての株式が電子化されています。電子化された株式情報を電子的に「振替える」ことによって譲渡等の行為を行います。具体的には、株式振替機構と証券会社に開設された口座情報において電子的に株式情報の振替を行います。そのため上記のような情報が口座の特定に必要になります。

一方、非上場会社の場合は、株式情報は電子化されていませんので、会社名、券種、記号、番号で特定ができます。



(株式の遺贈における注意点)

平成30年の民法(相続法)の改正により、遺言の分野でも「対抗要件主義」が導入されました。対抗要件主義とは、ごく簡単に言えば、権利を取得したとする者が複数いてその優劣を争う場合、先に対抗要件を整えた者が勝利するという考え方です。対抗要件の取得方法は争う対象によって異なっており、例えば不動産の場合は登記をすることです。今回の株式の場合は、株式発行会社の「株主名簿への記載(又は電子的記録) 」です。

そして、従来の相続法では、法定相続人が相続や遺贈によって財産を取得した場合、取得者は当然に(絶対的に)権利を取得するとされていました。そのため、対抗要件を整えなくとも相続や遺贈の事実が証明されれは自分への権利は保全されていました。ところが、平成30年改正法によって、自己の法定相続分を超える部分については対抗要件を整えなければ第三者にその権利を対抗(主張)できないとされました。

そのため、相続や遺贈があった場合は、できるだけ速やかに対抗要件を取得することが求められるようになりました。この点が注意点となります。


( 株式名簿への記載方法 (対抗要件の取得方法) )

現在の会社法では、株式は「不発行」が原則となっています。また、上場株式は電子化されているため当然「不発行」になります。そのため世の中には、現物の株式が発行されている会社と発行されていない会社、それと電子化された上場会社があることになります。

株式が発行されている会社の場合、現物の株式を会社に提示すれば株主名簿の書換を行ってくれます。つまり、遺贈で株式を取得した者は単独で会社に対抗要件の取得請求をすることができます。

一方、株式を発行していない会社の株主名簿の書換請求は、請求者が株券を所持していないため、本当に正しい請求者かどうか会社側として判別できません。そこで、従来名義人となっていた方の相続人(又は遺言執行者)と今回の請求者が共同で会社に請求することを求めています。

そのため、遺言者の相続人が株式の遺贈に反対をすると請求することが難しくなります。そこで、株券を発行していない会社の遺贈の場合は、遺言書に「遺言執行者」を指定しておいた方が良いことになります。遺言執行者が相続人に代わって請求手続きを行うことができるからです。

あわせて遺言執行者の権限として「株式の名義書換」等の権限も遺言書に明記しておいた方が良いと思います。(※少し細かい話ですが、改正法により特定財産承継遺言の場合は、遺言執行者の権限に含まれるとされていますが、特定財産承継遺言以外のこともあるので明示しておいた方が無難だと思います。)

なお、上場株式は電子化されていますので遺贈を受けた者が遺言書や戸籍等の関係書類を証券会社に提示すれば単独で名義書換ができます。

次に友人等への貸付金の遺贈について見て行きます。


(「貸付債権」の特定方法 )

貸付債権についてよく見かける遺言書の書き方は次のようなものです。

第○条 遺言者は、遺言者が有する以下の債権を、遺言者の孫 甲野花子(昭和〇〇年〇月〇〇日生)に遺贈する。

(1) 遺言者の友人である山田太郎に対する貸付債権100万円

こちらもこのままでは特定方法が不十分であると考えられますので、以下のように記載した方が良いと思います。

第○条 遺言者は、遺言者が有する以下の債権を、遺言者の孫 甲野花子(昭和〇〇年〇月〇〇日生)に遺贈する。

(1) 遺言者が山田太郎 (住所: 何県何市何町何丁目○○番○号 昭和〇〇年〇月〇〇日生) に対して有する下記貸付債権     記

契約日   令和○年〇〇月〇〇日
貸付元金  100万円
弁済期   令和○年〇〇月〇〇日
利 息   年〇分
遅延損害金 年〇分

貸付先である友人を住所と生年月日で特定し、100万円の貸付債権の内容の詳細な特定を図っています。

(貸付債権の遺贈における注意点)

貸付債権に遺贈についても平成30年の改正により、法定相続分を超える部分は対抗要件を取得しなければ第三者に対抗できなくなりました。そのため、できるだけ速やかに対抗要件を取得することが求められます。

貸付債権の対抗要件は、債務者に対する確定日付のある「通知」又は「債務者の承諾」となります。つまり、遺言で貸付債権を取得した場合、債務者に対して内容証明郵便などでその事実を通知するか債務者から承諾書を取得しておくことが必要になります。


ここで注意すべき点は、通知ができるのは遺言者の相続人(又は遺言執行者)ということです。遺贈を受ける者から通知をすることは認められていません。債務者としても遺贈を受けた者からの通知だけでは信憑性に疑問が付きます。

そこで、この場合も反対する相続人がいても問題のないように「遺言執行者」を遺言書に記載しておいた方が良いことになります。遺言執行者の通知権限についても明示しておくと良いでしょう。 

(まとめ)


遺言書の書き方には注意すべき点が多くありますが、遺贈する対象物の特定方法については、特に注意する必要があります。対象物に応じて書き方を色々と工夫する必要があるからです。

特定方法が不十分な場合、遺言者が亡くなった後、遺言書の解釈でもめる場合があります。遺言者は既に亡くなっていますので真意を聞くことはできません。また、不十分な特定方法の遺言書では遺贈の相手方が遺贈による名義変更などに応じてくれない場合もあります。

記載方法に不安のある場合は、相続に詳しい弁護士や司法書士に相談下さい。適切なアドバイスをしてもらえると思います。

 

Follow me!