認知症対策して「家族信託」と「成年後見」は何が違うのですか
65歳以上の認知症を発症した高齢者の数を見ると2012年は全国で462万人となっており、65歳以上の高齢者の7人に1人(約15%)の割合でした。これが2025年には730万人となり、5人に1人が認知症になるとの予測 (厚労省研究班の調査) があります。
このように高齢者にとって認知症の問題は、より身近な問題となっており、近い将来の発症に備えて対策の検討が急務となっています。特に、ある程度の財産を保有している高齢者にとっては、本人と家族のために対策を準備しておかないと「資産凍結」などの大きなリスクが発生する恐れがあります。
不幸にして認知症を発症した場合の対応策として「成年後見」制度の活用があります。家庭裁判所に成年後見人を選任してもらい、財産管理などを本人に代わって行ってもらうものです。
認知症を発症する前であれば、家族の一員にあらかじめ財産管理を委ねておく「家族信託」を活用することができます。
ここでは、「成年後見」と「家族信託」について、「認知症対策としての高齢者の財産管理」についてどのような違いがあるのか見て行きたいと思います。
(事前対策を何もしなかった場合)
本人が認知症を発症すれば、保有する財産の管理・運用や処分が出来なくなります。相続税対策として考えていた「子や孫などへ暦年贈与」「一時払い生命保険を利用した相続対策」「遊休土地の賃貸マンション建設」など相続税対策が途中で頓挫します。
また、預貯金などの金融資産の出し入れも金融機関の対応によっては難しくなる可能性があります。いわゆる「資産凍結」という状態になります。老朽化した自宅の修繕や建て替え、売却なども困難になります。介護施設に入所するために必要な資金の捻出のため保有する自宅を売却することもできなくなります。
(成年後見人の活用)
認知症を発症して判断能力が低下した場合、本人の財産管理を行う対応方法としては「成年後見人」の活用しか手がありません。成年後見人は家庭裁判所によって選任されますが、一定規模の財産がある場合は、司法書士や弁護士が選任されることが多くなります。
成年後見制度は、「本人の財産を本人のために維持管理すること」が目的となります。そのため、本人が希望していた相続税対策に向けた借入や不動産の担保提供などの行為はできなくなります。また、積極的な資産運用はできませんので、不動産投資や有価証券投資などリスクのある行為はできません。
本人の財産をできる限りリスクのない状態で保有管理して、本人の生活費などに充てていく方策が計画されます。中小企業のオーナー経営者の場合、自社株の議決権行使がありますが、経営に不案内な司法書士や弁護士が行うことになり、会社経営も不透明になる恐れがあります。
また、賃貸マンションなどの経営を行っていた場合、マンション経営に不慣れな成年後見人に経営を任せることになります。賃貸市場の家賃相場などを適時に見ながら、賃料改定や建物のメンテナンスを行う必要がありますが期待できません。
日常の財産管理についても、従来、孫や家族、親族などに対して「入学祝」「誕生祝」などをしていたり、季節ごとに旅行を計画して必要な費用を払っていた場合、成年後見人の判断次第で資金の提供が難しくなります。当然、孫や家族、親族への贈与も簡単にはできなくなります。
成年後見制度は「本人の財産は本人のために使う」ことが第一義的に要求されますので、家族や親族と成年後見人との間で財産管理を巡る軋轢が生じやすくなります。
(家族信託を活用する場合)
本人が元気なうちに信頼のおける家族の一員に自分の財産の管理や処分をする権限を託すのが家族信託てす。本人が認知症を発症して判断能力が低下しても、そのことに一切影響を受けることなく、信託を受けた家族が本人の財産管理を行うことができます。
本人が元気なうちに家族信託を組成しておくため、例えば、賃貸マンションの管理運営などについても、本人と家族が共同して行うことができます。本人のノウハウや適切なアドバイスを受けながら経営手法を継承していくことができます。
相続税対策として遊休土地を活用したマンション建設についても、家族信託で家族の一員に託することができます。金融機関から借財を行ってマンションを建て、不動産管理会社と管理契約を締結して収益不動産の管理を行うことができます。
家族が行う本人の財産の管理や運用は、家族信託に定められた「信託の目的」の範囲内で家族が自由に判断して決定することができます。「信託の目的」とは、家族信託を通して実現してほしい本人の願望を少し抽象的に表現したものです。
( 財産管理に関して成年後見と家族信託の違い )
成年後見と家族信託は、どちらも本人の認知症対策として機能する仕組みです。但し、両者は、それぞれ目的や狙いが異なっているため、実際の運用面では大きな違いが生じます。
成年後見は、本人財産の保全維持が主要な目的となるため、運用が全て保守的になります。本人利益を最優先に考えて行動されます。この場合の本人利益とは、本人が実際に考えていた利益ではなく、成年後見人が本人にとって利益であると考えるものです。
遊休土地にマンションを建てて収益を上げることは、本人が希望していたとしても、成年後見人から見れば危険な投機行為と判断されます。お金は預貯金で安全に管理して、その中から本人の生活費を供給し続けることが大事な使命となります。
一方、家族信託は本人が元気なうちに保有する財産の管理運用方法を家族信託の中に明記しておきます。遊休土地には銀行借り入れをして賃貸マンションを建て収益を上げることができることを定めておきます。本人の資産管理面の希望も色々と明記しておきます。
こうすれば、財産を託された家族は、その希望に従って信託された財産の管理運用を行っていくことができます。
(成年後見と家族信託は併用もできます)
成年後見と家族信託はその目的とする事柄が異なっているため、その点を理解した上で両者を併用することもできます。それぞれの持つ良い点をそれぞれ活用していこうとするものです。
例えば、保有する財産のうち賃貸マンションや遊休土地などの収益性のある物件のみを切り出して家族信託に提供して、その他の財産である自宅などは本人の財産に残しておくという方法です。
信託をされた財産は収益追求や相続税対策を行い、信託されなかった財産は本人が認知症になったときには成年後見人に管理を任せるという方法です。本人の財産の中には年金がありますが、年金は信託することができませんので成年後見人の管理になります。金銭は家族信託に託すものと本人の手元に残すものに分けておきます。
このようにして本人の財産を家族信託と成年後見で並行して管理していくというものです。ある程度の財産がある場合は、十分検討に値する方法だと思います。
(まとめ)
高齢である程度の資産を保有されている方は、認知症対策の検討が必要になります。本人としては、できる限り自分自身で保有資産の管理運用を行いたい気持ちが強いと思います。しかし、脳梗塞や心筋梗塞などの突然の病によって寝たきり状態になれば、認知症になる可能性が高まります。転倒による骨折で歩行困難になっても同様です。
本人が元気なうちこそ保有資産の管理運用や相続税対策などについて希望が実現できるように事前の備えを検討することが必要になります。そのとき「家族信託」が有力な手段の1つになると思います。成年後見制度との違いを理解した上で両者を上手に活用してもらいたいと思います。