「家族信託」は、将来「空き家」となる実家の対策に役立ちますか

高齢化社会を迎え実家で高齢の親が1人で住んでいることが多くなっています。子供達は独立してそれぞれ家庭を持ち、自宅も住宅ローンを組んで所有していることが多いからです。最近は一人暮らしの高齢の方でも、訪問介護サービスや宅配弁当などを利用して、何とか一人暮らしができる環境が整いつつあります。


人の平均寿命は「人生100年時代」と言われるように大変長くなっています。ところが、健康で自立して生活できる「健康寿命」の平均は、男性70歳、女性73歳となっています。平均寿命から健康寿命を引いた期間は、何らかの人の介助が必要な期間ということになります。

そのため、今現在は何とか一人暮らしが出来ていても、いずれは介護施設への入所や子世帯との同居を検討する必要があります。しかし、子世帯との同居は、住宅の居住スペースの関係で難しくなっています。現実には、「空き家」となる実家を処分して介護施設への入所費用を捻出するケースが増えていると思います。

介護施設へ入所する段階で本人の意思能力に問題がなければ特に問題はありません。しかし、介護施設に入所する段階では、ある程度の認知能力の低下が見られることが普通だと思います。家の売却という重大な契約行為を理解できる場合は良いのですが、理解できないようであれば、そのままでは「空き家」となる実家を売却することができません。


現在の法律では、この場合の解決策として、親のために「成年後見人」を付ける必要があります。成年後見人は、本人の代理人として家の売却などの法律行為を行うことができます。成年後見人は親族もなることができますが、資産のある方の場合は司法書士や弁護士などの法律専門職が家庭裁判所によって選任されることが多くなっています。

成年後見人の選任には、通常3~4か月程度の手続期間が必要となります。また、選任には相応の手続費用がかかります。法律専門職が選任されれば、その報酬も必要になります。


選任された成年後見人は、実家の売却が本人にとって本当に必要か否か、別の対応方法はないかなど家庭裁判所とも協議して判断します。実家の売却が真に必要と判断されれば、家庭裁判所の許可を得て実家の売却を行います。しかし、売却の必要性がないと判断されれば売却されません。

このように、成年後見人による実家の売却はスムーズにいくとは限らないのです。介護施設への入所スケジュールが決まってから成年後見人を選任していては間に合わない可能性があります。そのため、成年後見人による実家の売却を考える場合は、親の健康状態を見ながら、早め早めの手配をしないと資金手当てが間に合わないかもしれません。


このような切羽詰まった段取りにならないための方策として「家族信託」の活用があります。家族信託は親の財産の管理を本人が元気なうちに家族に移して管理してもらうというものです。

(家族信託のイメージ)

家族信託の活用方法は、親の財産である実家の名義(所有権)を、例えば、息子に移して管理してもらうというものです。具体的には、親名義の実家を息子名義に移します。あわせて、自宅の管理に必要な程度の現金も息子の管理に移します。名義人となった息子は、実家の管理を行います。固定資産税の納付、実家の修繕や定期的なメンテナンスを行います。。納税やメンテナンスにかかる費用は管理している金銭の中から支払います。

将来、親が介護施設に入所することが決まったら、息子の判断で介護施設入所費用捻出のため、実家を売却することができます。売却のタイミングや売却価格(売出し価格)などは息子だけの判断で適時に行うことができます。絶好の売りタイミングを見定めることができます。


実家を売却した費用で介護施設への入所費用を賄った後、残りがあれば親の生活費として使用することができます。

もちろん、親が介護施設に入る必要がなければ、親は息子の管理する実家に継続して居住します。息子は定期的に訪問して必要な実家のメンテナンスを行うと同時に、親の健康度合いも確認して、施設への入所タイミングを計っていくことになります。


万一、施設に入所する前に親が亡くなった場合は、親から管理を任された実家などの財産は息子が処分して金銭に代え、家族信託であらかじめ定められた者に渡すことになります。例えば、長男と長女で半分づつ相続することもできます。つまり、家族信託の中で財産の承継先(相続先)を定めておけば、親の遺言書の代用にもなります。

管理を任される息子に万一のことがあることを想定して予備の管理者を定めておくこともできます。例えば、予備の管理者として長女を指定しておくこともできます。

このように家族信託は、将来「空き家」となる恐れのある実家の事前対策として役立つ仕組みということができます。

(もう少し詳しい説明)

家族信託について、法律的な用語で説明すると次のようになります。決まった用語ですので家族信託を検討される方は覚えて下さい。

家族信託とは、法律的には「民事信託」と言います。親子や夫婦間などの家族間で行うことが多いため「家族信託」と呼ばれています。「信託」とは自分の財産の管理を他人を「信じ」て「託する」ことです。

親などの財産を保有している方を「委託者」といいます。息子などの親の財産を預かって管理する方を「受託者」といいます。信託の結果、利益を受ける方を「受益者」といいます。通常は、委託者と受益者は同一人物となることが多くなります。


また、管理する親の財産のことを「信託財産」といいます。親から息子に財産管理を頼む契約のことを「民事信託契約」と言います。信託財産の中の不動産については、委託者名義から受託者名義へ名義変更の登記をします。あわせて、登記簿には「信託」財産である旨も登記します。

受託者は委託者の財産を管理するのですが、管理の方針や目指すべき目的を「信託の目的」といいます。「信託の目的」は信託契約書の中に明記します。例えば、「親の安寧な生活環境の維持」「適切な介護環境の確立と健康の維持」などが目的となります。

不動産とあわせて管理を任された金銭は、銀行に信託の専用口座(「信託口口座」または「信託専用口座」)を開設して管理します。管理を任された受託者の財産と区別できるようにしておきます。

(家族信託の組成にあたって)

民事信託契約の組成には専門的な知識が必要になります。そのため、民事信託に詳しい司法書士や弁護士に組成を依頼する必要があります。民事信託は、家族の状況にあわせて様々な形が組成できます。家族の抱えている悩みを解決できる方策を考えて、最適な法律構成を考えていきます。

なお、民事信託契約は公証役場で公正証書として作成します。契約設定後の法律上の疑義を少なくするため信頼のおける公正証書にしておくのです。


(まとめ)

今回のお話は、家族信託の活用事例の1つである「親の空き家対策」について説明しました。家族信託は、これ以外にも様々な活用方法があります。信託契約に定めることによって色々な家族の抱える問題を解決することができます。

もちろん、万能ではありませんので限界はありますが、上手く活用すれば様々に応用が可能となっています。

なお、今回は説明していませんが、税の面でも有利な点が色々あります。例えば、家族信託で生前に親から息子に実家の名義を移しても贈与税や譲渡所得税、不動産取得税などはかかりません。また、不動産登記に必要な登録免許税も大幅に軽減されています。

高齢の親の認知症対策は待ったなしの状況ですので「家族信託」も選択肢の1つとして検討して下さい。

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