亡くなったら「全財産を寄付」するときの注意点はありますか
自分が亡くなった後、残された財産を第三者に寄付することを「遺贈寄付」と言います。子供のいない夫婦で配偶者に先立たれた方などが、自宅や預貯金などを菩提寺や地方自治体、大学の研究機関や福祉・慈善団体などへの寄付を希望されるときに活用します。遺贈寄付を支援する各種公益団体もあります。
遺贈寄付は、通常、公正証書によって遺言書を作成して行います。残された全財産を寄付する希望ですので、自宅の処分や株などの金融資産の売却行為が発生します。そこで、遺言書には、例えば、「全財産を換価し、清算後、〇〇宗教法人に遺贈する。」のような遺言文言を書いておきます。
「換価」とは、自宅や金融資産を売却してお金に換えることです。「清算」とは、亡くなった時点での財産関係の清算を行うことです。人にお金を貸していれば返済してもらいます。病院や介護施設に未払の利用料があれば支払います。未払の公共料金や社会保険料、税金などがあれば支払いを行います。
「遺贈」とは、相続人や第三者に対して、自分が亡くなったことを起因として、財産を与えることです。慈善団体などに対してする場合は、亡くなったら寄付する意味と考えてよいと思います。清算後の財産 (この場合は現金) をお寺さんに寄付します。
このような遺贈寄付のことを「清算型遺贈」といいます。自分が亡くなったら全財産を寄付したい場合の遺贈寄付は、この「清算型遺贈」になるこが多いと思います。現物ではいらないがお金なら頂くとする寄付先が多いからです。
換価や清算行為が発生するため、遺言書には、「遺言執行者」を指定しておく必要があります。指定していなければ、本人が亡くなった時点で家庭裁判所に対して遺言執行者の選任を申し立てます。
(清算型遺贈の具体的な処理の流れ)
本人が亡くなり遺言の効力が発生したら、遺言執行者は本人の住んでいた自宅の売却行為を行います。ここで注意すべき点は、「自宅不動産の名義人」についてです。亡くなった遺言者に兄弟姉妹や甥姪などの相続人がいる場合、亡くなった時点で、一旦、これらの相続人名義で相続登記を行う必要があることです。亡くなった本人の自宅の名義を兄弟姉妹などの共有名義として所有権移転登記を行う必要があるのです。
名義変更の登記は遺言執行者が行います。その後、遺言執行者が自宅不動産を購入してくれる方と売買契約を締結して、その方へ所有権移転の登記を行います。兄弟姉妹などの相続人は、登記簿上に登記名義人として記載されますが、ただ記載されるだけで、自宅の売却は蚊帳の外で作業は進んでいきます。
亡くなった本人の相続人が1人もいない場合は、遺言執行者は、自宅の登記名義を例えば、「亡き山田太郎相続財産」という法人名義に変更登記をします。法人と言っても残された財産を法人と見立てるのです。その後、自宅の売却を行います。流れは、相続人がいる場合と同じです。
このように、清算型遺贈の場合は亡くなった方から不動産を買ってくれる方へ直接名義を移すことができません。一旦、相続人名義か相続財産法人名義に移してから、第三者名義に変更します。
(清算型遺贈の課税上の注意点)
清算型遺贈では、登記名義が途中で相続人になることから、税金の問題に注意する必要があります。具体的には、「相続税」と「譲渡所得税」に注意する必要があります。
まず、一時的な名義人となった兄弟姉妹などの相続人に「相続税」の負担が生じるか否かの問題です。この問題については、一応は課税されないと判断されます。遺贈寄付によって最終的に利得を得ているのはお寺さんですので、途中の名義人には何の利得もありません。
所得税法や法人税法には、「実質所得者課税の原則」という大原則があり、明文で規定されています。この場合の実質的な所得者はお寺さんですので、お寺さんに課税されるという原則です。(但し、要件を満たした宗教法人は非課税になると思います)
問題は、この大原則について、「相続税法」には明文で規定されていないことです。つまり、相続発生時にも適用できるかどうかについてグレー状態ということです。恐らく課税されないと思いますが100%保証はできません。実施するに当たっては、所轄税務署に事前に確認して慎重に行う必要があると思います。遺言書を提示して「清算型遺贈」である旨をよく説明する必要があると思います。
なお、名義人となった相続人に対して所轄税務署から「お尋ね」の手紙が届く場合がありますので、関係者への周知も必要になります。
次に「譲渡所得税」の課税についてです。同様の問題点が「譲渡所得税」についても発生します。不動産を第三者に売却した場合、購入時の費用と売却時の価格の差額について譲渡所得が発生し、所得税や住民税が課税されます。これらの税金について課税される者が誰かという問題です。
こちらも「実質所得課税の原則」がありますが、これが清算型遺贈に適用されるかどうかについても確定した見解がありません。こちらも、事前に所轄税務署に相談する等の対応が必要になります。
なお、本ケースとは異なり、仮に自宅を売却せず、宗教法人に直接遺贈する内容の遺言書の場合は、「みなし譲渡所得課税」が発生しますので注意が必要です。つまり、自宅の登記名義を遺言者名義から直接宗教法人名義にする場合です。
この場合は、登記名義人に相続人は登場しませんが、納税義務が発生します。遺産をそのまま法人に遺贈した場合、遺贈財産を時価で譲渡したものとみなされ、遺贈者に対して譲渡所得が認められれば所得税が課税されます。この場合の遺贈者とは相続人のこととなります。相続人は所得税の準確定申告を行い納税しなければなりません。
但し、遺産を公益法人に遺贈する場合は、教育や科学の振興、文化の向上、社会福祉への貢献など一定の要件を満たし、国税庁長官の承認を得れば、所得税は非課税とされる特例があります。遺贈寄付先の公益法人に事前に確認しておくことが必要となります。
( 清算型遺贈の法律上の注意点 )
全財産を清算して全ての現金を遺贈先に寄付した場合、本来の相続人の「遺留分」を侵害する可能性があります。事前に推定相続人に全財産を遺贈する旨の話をして同意を得て遺贈寄付することは少ないと思います。そもそも、本来の相続人に財産を渡したくないから遺贈することが多いからです。
受け入れ先としても、仮に遺贈を受けた場合、相続人から「遺留分侵害」を理由に訴えを起こされるリスクがあります。遺贈寄付をする場合は、受け入れ先に事前確認をしますが、この段階で遺留分侵害の有無について確認されると思います。
受け入れ先から、推定相続人の同意書の提供や推定相続人への遺留分に配慮した遺言書の作成を求められるかもしれません。
(まとめ)
「遺贈寄付」を検討される方が今後増えてくるが予想されます。色々な公益機関も積極的に遺贈寄付について広告宣伝をしています。公益機関に支援をしてもらって行う場合は心配は少ないと思いますが、ご自身で遺贈寄付を検討される場合は、色々な考慮点がありますので専門家にご相談ください。
特に法人や公共機関への遺贈寄付を検討されている場合は、相手方の受け入れ可否を事前に確認する必要があります。本人の思いだけで遺言書を作成しても無駄になってしまう恐れがありますので慎重に進めてもらいたいと思います。