母親が「認知症」のとき、将来の父親の相続について注意点はありますか

両親が高齢で母親が認知症の場合があります。将来、父親が亡くなると父親の遺産について相続手続を行う必要があります。残された長男、長女などの子世代は兄弟仲も良く遺産の分割について円満に話し合うことができる状況です。認知症の母親の面倒も見よう考えています。一見、何の問題もない家族のように見えますが、大きなリスクを抱えています。


それは、このままでは将来の父親の相続手続を円滑に進めることができないからです。父親が亡くなると、相続人は母親と子供達です。子供達は、認知症の母親を介護付きの有料老人ホームに入所させたいと考えています。幸い父親の遺産として自宅不動産や十分な預貯金があるため、これを処分して施設の入所費用や今後の母親の生活費に充てたいと考えています。残余の財産は兄弟で均等に分割することについても合意できています。


しかし、簡単にはこのような希望はかなえられません。遺産相続は、残された相続人全員の合意によって進める必要があります。相続人全員の合意が必要なため、子供達以外に母親の合意も必要になります。母親のために残された遺産の大半を使うのだから、母親は認知症を患ってはいるが反対するはずがないと考えたくなります。母親にこのような遺産の相続方法について確認すると「それでいいよ」と答えてくれます。


一見すると何の問題もないように見えます。認知症の重度レベルにも拠りますが、認知症の方でも日常的な会話や受け答えはできると思います。しかし、母親に健常者と同じ判断能力を期待することはできません。父親が亡くなれば、遺産相続に関して、残された相続人全員で遺産の分割方法について協議をする必要があります。これを「遺産分割協議」と言いますが、「契約」行為と同じような高度な法律行為です。

契約の締結には、契約の内容や契約締結後に予想される結果や責任について十分理解できる能力が必要になります。現在の法律では、中学生や18歳未満の高校生 (未成年者)にもこの能力を認めていません。当然、認知症を発症している母親には認められません。

つまり、「遺産分割協議」を母親は行うことができないことになります。この点が、この家族の現在の最大のリスクとなります。


仮に、何ら事前の対策を取らなければ、父親の遺産相続手続きを円滑に行うことができくなります。不動産の名義変更手続(「相続登記」)や預貯金の解約手続などには、相続人全員の「遺産分割協議書」や同意書が必要になります。母親が認知症では提供することができません。

残された家族が「遺産分割協議書」や相続手続上の「同意書」などに母親名義の署名捺印をすれば良いのではないかと考える方も多いと思います。しかし、これは「有印私文書偽造罪」にあたり犯罪行為になります。相続登記を司法書士に依頼すると、司法書士は職責として、相続人の本人確認とともに意思確認を行います。銀行などの金融機関でも認知症については、慎重に対応しているところが多くなっています。

そこで、このような場合の対応方法としては、母親のための「成年後見人」を家庭裁判所に申し立てて選任してもらう必要があります。銀行などの金融機関でも認知症の方の手続であれば成年後見人を選任しなければ手続きを進めてもらえません。


簡単に「成年後見人の選任」と言っても、多くの費用と時間がかかります。また、成年後見人は一生ものの制度のため、遺産分割協議が終了したから任務終了とはなりません。母親が亡くなるまで母親のための成年後見人として財産管理等を行っていくことになります。

成年後見人は、親族が選任される場合もありますが、遺産が多い場合や一定の管理が必要な場合は司法書士や弁護士などが選任されます。このような専門職が選任されると家族の中に部外者が入り込むことになり、家族関係が円滑に進められなくなる場合があります。また、母親が亡くなるまで専門職への報酬が継続的に発生します。


(母親が認知症の場合の事前の相続対策)

母親が既に認知症で父親が元気であれば、父親に「遺言書」を作成してもらうことが1つの回避策となります。遺言書は自筆証書でも良いですが、できれば「公正証書」での作成をお勧めします。

既に母親が認知症を発症していますので、確実な対策をしておかなければならない局面です。自筆証書遺言は、何も問題がなければ法律的に有効な遺言となりますが、本人の我流で書かれますと、時として遺言の効力に問題が発生します。父親が亡くなった時点で遺言の効力に問題が見つかっては手遅れになります。

このような事態にならないために、費用はかかりますが、「公正証書遺言」を作成して確実性を担保しておくことが必要になります。

遺言書があれば、相続手続上「遺産分割協議」は不要になります。認知症の母親の関与なく円滑に相続手続を行うことができます。


但し、注意点として、遺言書の内容として、相続財産の名義を誰にするかが問題となります。

遺言書には「自宅は○○に相続させる。預金は○○に相続させる。」などと書きますが、この名義人を誰にするかの問題です。

母親が将来、施設に入所するための費用として使うのだから母親名義とすることが考えられます。しかし、自宅不動産の名義を母親名義にすると認知症の母親では売却することができなくなります。預貯金の名義を母親にすると銀行等で引き出すことが難しくなります。手続きをするには成年後見人の選任が必要になります。


それでは、長男、長女等の子供名義とすれば、売却や引き出しは問題なくできますが、母親のために施設入所の費用を支払えば、「贈与税」の問題が発生する恐れがあります。親族間の通常の扶養の範囲であれば贈与税はかからないと考えますが金額が高額になると微妙になります。事前に税理士などの確認が必要になります。


母親が施設に入所しないのであれば、相続財産は子供達が相続して、そのお金で母親の面倒をみれば良いことになります。例えば、長女と認知症の母親が同居して生活する場合は、自宅名義や預貯金名義を長女にしても問題はないと思います。

このように遺言書による対応策は簡便で有効な方法ですが、複雑な人間関係が存在する色々な相続ケースに十分に対応できるかどうかは分かりません。

そこで、次に考えられる手段としては、「家族信託」の活用があります。家族信託の説明はここではしませんが、父親から長男などに対して保有財産の信託を行い、自分が亡くなった後の認知症の母親の面倒を託するものです。信託契約は契約の自由度が高いので色々なケースに柔軟に対応することができます。

家族信託の組成には、父親と長男などが信託契約書を公正証書で作成して、自宅不動産には信託の登記をする必要があります。家族信託を組成しておけば、長男などが父親の生前から父親の資産の管理を行い、父親が亡くなったらその財産(信託財産)を活用して、母親の面倒をみます。母親が亡くなったときは、信託契約書に定めた取扱いに従って、残された財産を長男や長女などに相続させることもできます。


(まとめ)

認知症の母親がいる場合は、父親の相続が発生したときのことを思い描いて対策を取ることが必要です。何ら対策を取らないと相続手続で大変な苦労をすることになります。

遺言書による対策が最も簡便ですが、完全な対策が家族関係によっては難しい面があります。しかし、通常の場合は、目的を十分達成できると思いますので公正証書遺言の活用を検討してみて下さい。

より充実した対策を考える場合は「家族信託」も有力な選択肢になります。費用がかかることから相続の専門家とよくご相談下さい。

 

Follow me!