「夫婦で遺言」をする場合、注意することはありますか
最近は夫婦共働きの家庭が普通になっています。夫婦とも年収700万円以上という「パワーカップル」も珍しくない存在となっています。夫婦それぞれが一定の資産を保有し、家計の負担も合理的に分担することが多くなっています。また、夫婦の一方が自分の親からの相続で財産を保有することもあります。
このように夫婦それぞれで一定の財産を保有していることが多くなったことから、遺言の作成の仕方にも変化が見られます。従来は、主要な財産を保有している夫が1人で遺言を作成するケースが多く見られました。しかし、妻にも一定の財産があるため妻も遺言を作成する場合が増えてきました。
最近は、夫婦で共同して遺言書を作成することも多くなっています。夫婦で遺言をする目的は夫婦ごとにそれぞれ違うと思いますが、夫婦が揃って公証役場を訪れて遺言書を作成することは、従来はあまり見られなかったと思います。
ところで「夫婦で遺言」をする場合には注意点があります。夫婦で遺言書の作成を考えている方は留意して下さい。
( 夫婦で遺言をする場合の注意点 )
1. 夫婦で遺言書を作成する場合は、遺言書は2通別々に作成して下さい。
遺言書は、2人以上の者が同一の証書で作成することはできません。作成した遺言書は無効になります。遺言書の記載が夫の記載部分と妻の記載部分が明確に分かれている場合は有効になるとする判例もありますが、遺言書としての効力が不安定になるので避けるべきです。
このことを「夫婦共同遺言の禁止」といいます。遺言書は遺言者の自由な意思で作成します。その結果、遺言書の撤回や変更も遺言者の自由な意思でできることになります。しかし、夫婦共同遺言の形式で作成された遺言書の場合、撤回や変更が自由にできなくなる可能性があるため禁止されています。
また、遺言書には厳格な形式要件が定められています。もしも、夫婦共同の遺言書で夫の形式要件は充足しているが、妻の形式要件が充足していない場合、遺言書全体として有効か無効か問題になります。このことも禁止の理由となっています。
2. 公正証書で遺言を作成する場合、費用は2通分必要になります。
公正証書で遺言を作成する場合、公証役場へ手数料を支払う必要がありますが、夫婦で遺言書を作成する場合は2通分の手数料が必要になります。夫婦が一緒に遺言書を作成すると言っても、公証役場では公証人は夫婦別々に面談をして遺言書を作成します。公証人との面談は夫婦が同席して行うことはありません。
3. 夫婦で財産をお互いに渡す遺言の場合、亡くなる順序に応じた考慮が必要になります。
夫婦で遺言書を作成する理由の1つに「子のない夫婦」があります。子供のいない夫婦の場合、一方が亡くなると相続人は残された配偶者と亡くなった本人の親族ということになります。
本人の両親が存命であれば両親、両親が亡くなっていれば兄弟姉妹が相続人になります。兄弟姉妹が亡くなっていれば甥姪が相続人になります。これらの亡くなった配偶者の親族との遺産分割などの相続手続きを回避するために遺言書を作成しようとするのです。
そのため「自分が亡くなったら全財産を妻に相続させる。」のような遺言書を書いておくことになります。本人が亡くなったときの相続人は妻と親族です。亡くなった配偶者の父母は年齢的に亡くなっている可能性が高いため、兄弟姉妹などが相続人になります。しかし、これらの者には「遺留分」がありませんので、このような遺言書を作成しておけば相続分を兄弟姉妹に与えないようにすることができます。
但し注意点として、それぞれが「全財産を相手方に渡す」という内容の遺言書を書いただけでは遺言書は不十分な形でしか機能しません。例えば、夫が先に亡くなったときは夫の遺言書は有効に機能します。そして、夫の全財産は妻に相続されます。しかし、その後、妻が亡くなったとき、妻の遺言は財産を譲る相手がいないため無効となります。
夫婦で全財産を譲り合う目的の遺言書の場合は、譲る相手が亡くなっている場合のことも考慮に入れて作成する必要があります。例えば、「自分が亡くなったら全財産を妻に相続させる。但し、妻が亡くなっている場合は○○に遺贈する。」のように予備の譲り渡し先を記載する必要があるのです。
4.「子のない夫婦」の場合、自分の財産は自分の血筋の親族に最終的には渡したいときは、2次相続の希望を夫婦で相談して書いておく必要があります。
子のない夫婦の場合でそれぞれが保有する財産について、自分が亡くなったときは配偶者に相続させても良いが、その配偶者が亡くなったときは、自分の血筋の親族に相続させてほしいという希望があるときの対応方法です。
例えば、夫の所有する自宅は先祖伝来のものなので、自分の弟に最終的には相続させたいという希望を遺言書で叶える方法です。この場合は、夫の遺言書には「全財産を妻に相続させる」と書いた上で、妻の遺言書に「自宅の土地建物は亡き配偶者の弟に遺贈する」と書いてもらうのです。
こうすれば、夫亡き後、自宅は妻のものになりますが、妻が亡くなった後は弟が譲り受けることになります。もっとも、夫が亡くなった後、妻が心変わりをして既に作成した遺言書を破棄すれば夫の希望は叶えられなくなります。この方法は夫婦関係が良好であることが大前提になります。
どうしても夫の希望通りにしたい場合は、遺言書での対応では難しいので「家族信託」を活用する必要があります。家族信託を活用すれば、本人の希望に沿った財産の承継方法を行うことができます。家族信託の中の「受益者連続型信託」という方法を使用します。
(まとめ)
「夫婦で遺言」をする場合、色々なことを想定して書く必要があるため意外と難しいと思います。亡くなる順序や一方が亡くなっていた場合の対応方法、1次相続だけでなく2次相続まで見通した対応方法など考慮すべき点が色々あります。
また、第三者への「遺贈寄付」も選択肢になる場合も多いと思いますので、寄付行為についても検討する必要が出てきます。
遺言文案の検討は、相続に詳しい専門家の支援を仰いだ方が良いと思います。「夫婦で遺言」は実はあまり簡単ではないのです。きめ細かく将来を予測をして作成する必要があるのです。