相続財産が自宅のみの場合「争族」に発展しやすいのですか
相続発生時、遺産相続で揉(も)めてしまう場合があります。大抵の場合、話し合いにより何とか解決できると思いますが、この場合でも相続人間に「しこり」が残ってしまうことがあります。また、時には骨肉の争いにまで発展し、親族関係が絶縁状態になってしまうこともあります。
遺産相続を巡る争いは大なり小なり全ての相続の場面で起こり得ます。その中でも特に揉めやすいケースというものが存在します。このケースに該当する場合は、「争族」問題に発展する確率が高くなりますので事前対策を早めに考えておく必要があります。
「争族」に発展しやすい具体的なケースの1つは、「相続財産が自宅などの不動産のみで他にめぼしい財産がない場合」です。預貯金などの金融資産がある場合は、相続分の調整が現金によってできますので争を回避できる余地があります。しかし、現物資産としての不動産だけの場合は調整が難しくなります。何も事前に対策を取らないと1つしかない不動産を巡って残された配偶者や子供の間で争いが生じやすくなります。
もちろん、相続財産が自宅などの不動産のみのケースは世の中にはありますので、相続人の話し合いによって解決できている場合も多いと思います。しかし、それが円満な話し合いの結果なのか、円満に見えて実は一部の相続人に「しこり」を残したものなのかは分かりません。
相続財産が自宅などの不動産のみのケースにおける遺産分割の方法としてよく見られるのは、次の①から⑤までのような対処方法です。( なお、以下の説明は、両親と長男・長女等の標準的な家庭で父親が亡くなった場合を想定しています。) それぞれの対応策と問題点をご説明します。
① 相続時 (父死亡の1次相続)は、一旦、自宅は残された母名義にして母が亡くなった時(2次相続) 残された子供達で話し合いをする方法。
配偶者の相続税の非課税枠が大きいことから安易に選択され易い方法です。但し、この方法は基本的に問題の先送りであり根本的な解決にはなっていません。将来、母が亡くなった時に争族問題が発生する恐れがあります。両親が存命中に必要な対応策を考えておく必要があります。
② 自宅の名義を相続人の共有名義とする方法。
自宅の名義を各相続人の相続分に応じて共有名義にする方法です。とりあえずの解決策にはなりますが、将来を考えると最もお勧めできない選択肢の1つとなります。共有不動産は、管理・運用・処分等にあたって共有者の同意が必要になります。時が経つにしたがって段々と管理が煩雑になっていきます。相続人の中で亡くなる方が出れば、さらに相続が発生し共有者の数が増えてしまい収拾がつかなくなります。
共有名義の解消が近い将来に確実に予定できるのであれば選択肢になりますが、目途が立たないならば選択すべきではないと思います。
③ 残された自宅を売却して換金し、売却金を母と子供達で相続分に応じて分ける方法。
残された母の今後の居住場所が確保できるのであれば選択肢となりますが、できないのであれば選択肢としては難しくなります。母親が要介護状態などの場合は、自宅を売却して介護施設への入所費用に充てることも考えられますが、母親の意思能力に問題がある場合は、相続発生時の遺産分割協議や自宅の売却契約時に契約行為ができないため困難が生じてしまいます。
④ 自宅を相続人の1人の単独名義にして、他の相続人に対して代償金を支払う方法。
例えば、自宅を長男の単独名義にして、長男が母親や長女等に対して相続分に応じた代償金を支払う方法です。単独名義になる長男に資力があるのであれば、好ましい選択肢の1つになりますが、高額の資金を用意しなければならない場合もあり実際には難しい場合が多いと思います。また、自宅不動産の評価方法で争いが生じる可能性も高く代償金の額を巡って争いが生じる恐れもあります。
⑤ 自宅不動産の名義を長男の単独名義にして、他の相続人は不満があっても我慢してもらう方法。
長男と母親が同居している場合は、引続き同居する場合が多いと思います。長男が既に自宅を保有している場合は、母親が引続き居住し、長男は祭祀承継者としての義務を承継することが多いと思います。母親が亡くなった後の自宅の処分は長男に任されます。
伝統的な「家」制度をベースとした対処方法であり、従来はよく見られた方法だと思います。長女等の不満が出ないのであれば問題ないのですが、最近の権利意識の高まりの中で他の相続人が簡単には納得しないケースも増えていると思います。仮にこの方法で解決できたとしても、長女等に「しこり」が残る可能性が高くなります。
よくある対処方法について見てきましたが、それぞれに課題や問題点があります。それでは、「相続財産が自宅以外にめぼしい財産がない場合」について、どのような準備をしておくべきなのでしょうか。
それは、自宅の相続方法について推定相続人(妻や長男・長女等)とよく話し合いをしておくことです。話し合うポイントは、推定相続人の置かれている現状をベースとして、各推定相続人の今後の生活に支障が生じないような方法とすることです。ある程度の時間をかけて話し合いをすることです。
親が存命中であれば、親が中心となって解決の方向性を仕切ることができますので、子供の間の無用の争いを避けることができます。親の考えをベースに一定の結論に達した場合は、子供達も従いやすくなると思います。
本件のようなケースについては、色々な解決方法が考えられますが、解決策の1つの方向性案を以下にお示しします。
◆ 長男・長女等全員が既に自宅を保有している場合
子世代にとって自宅の価値は資産価値のみとなりますので、自宅は母親に引続き居住してもらい、母親が亡くなった時点で売却し、売却金を相続人で相続分に応じて分配することが考えられます。
自宅の相続時の登記名義は、母親名義でも良いですし、長男等の子供名義でも、長男・長女等の共有名義でも良いと思います。相続税の観点から合理的な名義を選択すれば良いと思います。
大切なことは、上記の合意内容について遺言書 (「公正証書遺言」が望ましい)を作成しておくことです。母親の自宅での居住権をより明確に保障したい場合は、遺言書の内容として「配偶者居住権の設定」や「負担付遺贈」とすることも選択肢の一つとなります。
◆ 長男は母親と同居し、長女は自宅を保有している場合 (長男と長女が逆の場合も含む)
自宅を保有していない子が母親と同居しているは場合は、同居している子が残された母親の面倒を見ることを条件に自宅を相続することが考えられます。相続税の小規模宅地特例(相続税が8分の1)が活用できるので税務面からも有利となります。なお、自宅の資産価値が大きい場合は、他の相続人への代償金の支払いを検討することになります。一括での支払が難しい場合は分割での支払も検討します。
この場合も合意内容について遺言書を作成しておくことがポイントになります。母親の面倒については、「負担付遺贈」の遺言書にすればよいと思います。
◆ 自宅を保有していない長男が母親との同居を希望する場合 (長女の場合も含む)
自宅を保有していない子が母親と同居していない場合で、母親との同居を希望する場合は、同居する子が残された親の面倒を見ることを条件に自宅を相続することが考えられます。自宅の資産価値が高い場合は、代償金の支払についても協議しておきます。
◆ 子世代がいずれも自宅を保有していない場合で、残された母親との同居を希望しない場合
自宅は母親名義で相続して母親が居住し、母親が亡くなった時点で売却するか子世代のいずれかが相続することが考えられます。子世代のいずれかが相続する場合は、代償金の支払についても協議しておきます。
いずれの場合も合意内容を遺言書に明確に記載しておくことが必要になります。
なお、合意形成に際して相続財産の評価額や相続人の数によっては、相続税の観点から別の選択肢を選んだ方が相続税を軽減できる場合があります。しかし、相続税の観点をあまり優先して不本意な合意内容とすると相続発生時に納得できない気持ちになり「争族」に発展する場合があります。十分納得して進める必要があります。
また、遺言書では希望通りの結論を導けない場合がある場合は、「家族信託」を活用すれば実現できる場合もあります。その場合は「家族信託」を選択肢に加えて考えてみると良いかもしれません。
今回のケース以外にも「争族」に繋がるケースは色々あります。いずれの場合も事前に対策を検討すれば、争いを回避できると思います。どうしても不安な方は、相続問題の専門家にご相談下さい。良いアドバイスを頂けると思います。