「任意後見契約」締結時の注意点は何ですか
将来、認知症や脳梗塞などを発症した場合、自身の身上監護や財産管理に支障が生じないように「任意後見」制度の活用を考える方が増えています。制度を利用するには「任意後見契約」を予め締結する必要があります。具体的には、本人と家族などの後見人候補者との間で将来に備えて契約を締結しておきます。
※ 「任意後見制度」の内容については、本ホームページの任意後見に関する箇所やブログ記事をご覧下さい。
契約締結に当たっては、注意点がありますので考えてみます。
(1) 意思能力の有無
任意後見契約も契約行為ですので契約者本人の意思能力が必要となります。認知症や脳梗塞などを発症する前の元気なうちに契約する必要があります。この場合の意思能力とは、契約内容を理解できる判断能力です。
不動産を売却するような重要な処分行為を任意後見契約の内容に含める場合は、高度な判断能力が必要になります。任意後見契約は公証人が公正証書で作成します。判断能力の有無確認は公証人の判断になります。公証人が必要と判断した場合は、医師の診断書の提出を求められる場合があります。
(2) 契約締結に必要な費用
任意後見契約締結には費用が掛かります。まず、公証人による公正証書作成の費用が必要になります。公証役場で公証人と直接話をして契約締結の段取り手配をすることに不安のある方は、司法書士などの専門家に支援を依頼することになります。支援を依頼する場合は、司法書士などの報酬が必要になります。
専門家に支援を依頼すると任意後見制度の詳しい説明や本人の置かれた状況に応じた契約文言の検討、公証役場との連絡調整などのサービスを受けることができます。報酬は、それぞれの事務所のホームページなどで確認できると思います。
公正証書作成の費用は、公証役場で作成する場合は、1件につき1万1,000円です。本人が病床にある場合は、公証人に病院などへの出張を依頼することになり、別途、手数料や日当、交通費が必要になります。
以上のほかに、任意後見契約を締結すると法務局にその旨の登記をしますので、法務局に納める印紙代や登記嘱託料、書留郵便代、正本謄本作成手数料などが掛かります。金額は数千円程度です。
また、公証役場に次の書類を提出する必要がありますので収集に係る費用も数千円程度必要になります。
(本人用)
① 戸籍謄本 ② 住民票の写し ③ 本人確認書類 (運転免許証など)
(任意後見人候補者用)
① 住民票の写し ② 本人確認書類 (運転免許証など)
(3) 代理権の範囲
任意後見契約で最も重要な点になります。本人の判断能力が低下し、任意後見人候補者が正式の後見人になったとき、どのような事柄について本人を代理することができるかを定めておくものです。代理することのできる範囲を「代理権目録」として定めます。
任意後見制度は、本人の自己決定権を尊重して本人保護を図る制度です。そのため、代理権の範囲も包括的な内容とすることは好ましくないと思います。包括的な内容とは、「後見人に一切を任せる。」というような契約内容です。本人の希望に沿ったきめ細かな内容を選択して定めておくことが必要になります。
代理すべき事項として、次の項目(「代理権目録の記載事項の全体概要」)があります。これらは、目次レベルですので、それぞの項目についてより詳しい代理項目があります。その中から必要なものを選択していくことになります。
なお、これらの項目は1つのひな形ですので、これ以外の項目が必要な場合は追加で記載することができます。
(代理権目録の記載事項の全体概要)
- 財産の管理・保存・処分等に関する事項
不動産や重要な動産の売却や賃貸、担保の供与などについて定めます。
- 金融機関との取引に関する事項
預貯金などに関する取引内容について定めます。
- 定期的な収入の受領及び費用の支払に関する事項
家賃、地代、年金などの収入に関する事項と家賃・地代、公共料金、保険料などの支払に関する事項について取扱い方法について定めます。
- 生活に必要な送金及び物品の購入等に関する事項
生活費の送金や日常品の購入に関する事柄について定めます。
- 相続に関する事項
本人が相続人になったときの遺産分割や相続の放棄などについて定めます。
- 保険に関する事項
保険契約の締結、変更、解除などについて定めます。
- 証書等の保管及び各種の手続に関する事項
不動産の権利証、実印、銀行印、印鑑カードなどの保管に関する事柄について定めます。
不動産登記申請、税金の申告納付など公的な役所への手続方法きについて定めます。
- 介護契約その他の福祉サービス利用契約等に関する事項
介護契約、要介護認定、その他福祉サービスの利用などについて定めます。
- 住居に関する事項
居住用不動産の購入、処分、借地契約、借家契約などについて定めます。 - 医療に関する事項
医療契約や入院契約などについて定めます。
11.上記以外のその他の事項
12.上記事項の紛争の処理に関する事項
13.復代理人・事務代行者に関する事項
14.上記事務に関連する事項
それぞれの項目について、どのような事柄について後見人に代理権を付与するか検討します。注意点として次のような点があります。
① 事実行為は代理権の範囲に含めることができません。任意後見契約によって付与できる代理権の範囲は、法律行為またはこれに随伴する事実行為に限られます。ペットの世話などは事実行為になりますので代理権の範囲に含めることができません。介護施設への入所契約締結のため事前に現地を見学する行為は事実行為ですが、随伴性がありますので含まれれることになります。
② 医療契約や入院契約は代理権の範囲に含めることができますが、危険な手術の事前同意(医療同意)や助かる見込みのない場合の人工呼吸器を外す行為(延命拒絶)などは代理権の範囲に含めることができません。
③ 本人が亡くなった後の事務処理(死後事務)は代理権の範囲に含めることはできません。葬儀や埋葬の仕方、賃貸住居の明け渡し、医療費・介護施設などへの代金の清算、ペットの処遇、SNSアカウントの閉鎖など色々な事柄がありますが、本人が亡くなった後の事務処理について含めることはできません。また、遺言で書くべき事柄も定めることはできません。
これらの問題を解決するには、別途、「準委任契約」「尊厳死宣言」「死後事務委任契約」「遺言書の作成」など別の方式を検討することになります。
(4) 任意後見監督人の選任
本人の判断能力が低下して任意後見契約を発動させるためには、家庭裁判所に対して「任意後見監督人」の選任を申立てる必要があります。任意後見監督人が選任されて初めて任意後見制度が開始されます。
任意後見人は、通常、息子や娘などの親族に依頼しますので報酬面の心配はありませんが、任意後見監督人は司法書士や弁護士などの専門職が就くことが多くなっています。任意後見人候補者として親族を申し出ることはできますが、裁判所はそれに拘束されません。
専門職が任意後見監督人に就任した場合は、毎月の報酬が発生します。費用の目安としては、管理財産が5,000万円以下の場合は、月額1~2万円、5,000万円を超える場合は、月額2万5千円から3万円となっています。(東京家庭裁判所の平成25年1月に公表した「めやす」より)
(まとめ)
任意後見制度は、成年後見制度の課題や問題点を解決できる制度として、注目を集めています。制度を活用することによって本人の希望をできるだけ叶える形で制度設計をすることができます。
例えば、要介護状態になり自宅を売って介護施設への入所費用を捻出したいと考えることがあります。このとき認知症を発症していれば、売却行為のために成年後見人を選任する必要があります。この場合、自宅売却の必要性について成年後見人の同意や家庭裁判所の許可が必要になります。
これに対して、任意後見の場合は、代理権の範囲に自宅の売却行為を定めておけば、家庭裁判所の許可は不要になります。任意後見監督人の同意も不要です。これは、「任意後見契約」締結時の本人の自己決定権を尊重するからです。
このように本人の意思実現を図る制度として任意後見制度が位置づけられますので、将来の認知症などの発症に不安のある方は一度検討されて見るのも良いかもしれません。