認知症による「資産凍結」の対策として「家族信託」が注目されています
認知症になった人の住まいや金融資産などの財産は、事前の対策を講じておかないと、長い間手を付けられないままになる「資産凍結」の恐れがあります。相続が発生して銀行に死亡の連絡をすると故人の銀行口座が「口座凍結」されるのと似ています。相続の場合は該当の口座だけの凍結ですが、認知症による資産凍結は財産全体に及ぶため影響が大きくなります。
今回は「認知症」対策として「家族信託」が注目されている点について見ていきます。

( 資産凍結の実態 )
三井住友信託銀行の調査による推計では、認知症の高齢者の金融資産と不動産の合計額は2020年で合計254兆8千億円ありました。これが2040年の推計では、1.4倍の合計348兆7千億円に増加すると予測しています。これは、全世帯の財産総額の12.1%にあたり巨額なものになります。
また、第一生命経済研究所の試算によると、認知症の人の住宅は2018年の210万戸から2040年には280万戸に増加するとしています。
このように認知症の人の資産が今後ますます増加していくことが予測されています。これは社会にとって資産凍結された分だけ資産の有効活用が図れないということであり、社会的な機会損失が大きくなるということです。言わば、資産が「塩漬け」状態になるのです。

( 現実的な問題 )
よくある現実的な問題として、「自宅の売却問題」があります。高齢で施設に入所するために自宅を売却しようとしたとき認知症であると売却が難しいということです。自宅の売買は契約行為ですので売主と買主の判断能力が正常であることが必要です。
売買当事者の判断能力に問題があれば、売買契約は無効になります。そのため、売買を仲介する不動産会社や資金を融資する銀行、不動産の移転登記を担当する司法書士は、当事者の判断能力に注意を払います。
自宅の売買契約は、長男などが代理や代行すれば良いのではと考えて、何とかなると考えている方もいます。しかし、現実には難しいと思います。特に不動産の移転登記を担当する司法書士は、売買決済の現場で売主の本人確認と意思確認を厳格に行うことは、映画「地面師」でも有名になりましたが、厳しく義務付けられています。そのため、売主本人が認知症であれば決済(売買)できないことになります。

次によくある問題として、高齢の親が賃貸マンションや貸し駐車場などの「収益不動産」を経営管理している場合です。経営管理を行っていた親が認知症になれば賃貸マンションなどの管理運営に支障が生じます。多くの土地を持っている人が相続税対策として賃貸マンション等を建てて節税対策している場合がありますが、高齢になればリスクがあるということです。
賃貸マンションの管理運営は不動産管理会社に丸投げしているから問題ないと考えて安心している方も多いと思います。しかし、不動産管理会社への管理の委託も契約行為ですので、「管理委託契約」が適切に更新できない恐れがあります。
また、通常の場合は問題ないとしても、借家人との賃貸借上のトラブルに発展して裁判で決着を図る必要があるとき、原告として裁判を起こさなければならなくなります。借家人が賃料不払いによる債務不履行となった場合は、賃貸物件の「明け渡し訴訟」を起こす必要があります。これは、特に珍しいことではありません。
裁判自体は弁護士に依頼すれば良いのですが、弁護士も依頼を受けるにあたって依頼人の判断能力を確認します。弁護士への依頼は、法律的には委任契約ですので、委任者の判断能力が正常であることが前提になります。
そのほか、マンションなどの「老朽化による修繕」なども工事契約が適切に締結できないことから難しくなります。

( 「家族信託」による解決方法 )
親が元気なうちであれば、必要な事前対策を行うことができます。今回、話をする家族信託の活用もその1つです。
認知症になった場合は打てる対策はありません。本人のために「成年後見人」を選任してもらう以外に有効な手はないことになります。しかし、成年後見人が選任されても、成年後見人は本人の療養看護を中心に本人の代理人として行動します。自宅の売却や賃貸不動産の運営管理について家族の想定通り行ってもらえるかどうか分かりません。成年後見人とその選任をした家庭裁判所の意向次第ということになります。
そのため、親が元気であれば事前対策を検討する必要があります。認知症は急激に進行するタイプもありますが、時間をかけて進行するタイプが多いと思います。そのため、少し「ボケ」が始まった程度であれば、正常なときもあるので、そのときに事前対策を講じることができる可能性があります。
「家族信託」も契約行為ですので契約締結時には正常な認識能力や判断能力が必要になります。まだ十分な判断能力があるのであれば、急いで行えば間に合うことになります。

( 「家族信託」とは )
家族信託とは、親子などで契約をして、親の管理している財産を子などに信託して管理してもらうことです。財産を託する親を「委託者」、財産を託される子などを「受託者」、託される財産を「信託財産」と言います。
また、受託者が信託財産を管理運用して得られる利益を「受益権」といいます。自宅であれば居住できる権利や売却した時の売却益です。賃貸マンションなどであれば賃貸収益です。そして、この受益権を得ることのできる人を「受益者」と言います。
つまり、家族信託とは、簡単に言えば、委託者が信託材差を受託者に信託し、受託者が信託財産を管理運用して、得られた利益を受益者に還元する仕組みということができます。

家族信託は、委託者と受託者が「民事信託契約」を締結して組成します。民事信託契約では、委託者、受託者、受益者、信託財産を定めるとともに、信託の目的や信託財産の管理運用方法を定めます。さらに、信託の終了方法や終了時の財産の清算方法も定めておきます。
なお、民事信託契約は公正証書で作成します。信託財産の中に不動産が含まれている場合は、不動産の登記簿に信託契約の内容を登記する必要があります。これを「信託の登記」と言います。
家族信託が組成されると不動産などの財産の名義は、受託者名義に変更されます。自宅などの所有名義が親名義から子などの名義になるのです。そして、受託者である子などが受託財産を管理運用するのです。

(「家族信託」の利点 )
家族信託は、信託財産の名義を生前に子などの名義に変更します。通常、生前に財産を子などの名義に変更すれば多額の「贈与税」が必要になります。生前贈与は贈与税の心配があります。しかし、家族信託で名義を移転する場合は贈与税はかかりません。この点が大きな利点となります。
これは、家族信による名義の変更は、信託のための名義変更であるため、完全な権利の移転と考えられていないからです。また、実際、信託によって得られる利益は、受益者が享受するため受託者は利得しないのです。受益者は自由に定めることができるため、通常は、委託者を受益者と定めます。こうすれば、委託者兼受益者である親が利益を得るため、管理運用だけを子などに委託して、利益は親が享受していることになります。このような仕組みのため、外形的に名義が変更していても実質的には権利が移転していないと考えられ、贈与税の対象にならないのです。
また、家族信託は信頼のおける家族に財産の管理を任せるため「安心感」があります。仮に家族信託契約を締結して信託財産を子などに任せたとしても、本人が元気であれば子などに必要なアドバイスをすることができます。収益不動産の管理などのノウハウについても色々と助言できることになります。
さらに、家族内の信託ですので「受託者の報酬」を心配することがありません。もちろん、収益不動産の管理運用を実行するには一定の労力が必要になります。たとえ家族と言えども一定の報酬を必要とする場合もあります。民事信託契約で受託者の報酬を定めることもできます。しかし、家族信託を行っている家庭の多くは無償での対応としています。
家族信託は「遺言の代用」とすることもできます。民事信託契約書に信託終了時の残された信託財産の清算方法として、遺言と同じように相続先を書いておくことができます。受託者として信託財産の管理を無償で行ってくれた子に多くの財産を遺産として残すように定めておくこともできるのです。
これ以外にも家族信託には色々なメリットがあります。それは、家族の置かれた色々な状況に応じて「オーダーメイド」的に民事信託契約書を設計することができるからです。これによって、色々な希望を実現できる場合があるのです。

(まとめ)
今回は、高齢者などの認知症対策として家族信託の利点について説明しました。利点はまたまだ色々ありますが書ききれません。認知症対策だけでなく、家族の抱える様々な課題に対して、有効な解決策を提供できる場合があるのです。
もちろん、家族信託にはデメリットもあります。家族信託を検討する場合は、専門家とよく相談する必要があります。その際はデメリットの説明もあると思いますので十分確認していただく必要があります。
主なデメリットは、①家族信託の組成に費用がかかる点、②家族信託組成後、受託者は管理運用について報告書を作成する必要がある点、③管理運用に対して、必要な場合、税務署への報告が毎年必要になる点、などがあります。
また、デメリットではありませんが、家族信託を組成できる専門家がまだ少ない点です。さらに、金融機関などでも家族信託に対して十分な理解がまだ得られていないケースもあります。そのため、家族信託の運用において支障が生じる場合もあります。
但し、新聞や雑誌等で家族信託についての記事も多くなっていますので、世の中の認知度も徐々に高まってきています。相談を希望される方は信託に詳しい司法書士に相談してください。家族信託を組成した方が良いか、別の法制度を活用した方が良いか、等色々とアドバイスしてくれると思います。


