遺言書を無視して相続人全員で遺産分割しても良いですか

遺言書に書かれている内容が相続人の意向に沿わない場合、相続人全員の合意で遺言書の内容と異なる遺産分割協議をして遺産相続をすることができるでしょうか。時々、相談されることがありますが、できる場合とできない場合があります。

遺言書を作成する場合、遺言内容について家族とよく相談して作成していれば、遺言書の内容で揉めることは少ないと思います。

しかし、世の中には自分一人で誰にも相談せずに遺言書を作成する方がいます。例えば、高齢の夫が、「妻には自宅を相続させ、長男には賃貸アパートを相続させ、長女には金融資産を相続させる。」と遺言書を書いたとします。

ところが、長男は賃貸アパートのような色々な借家人を相手とした対応が苦手であり、賃貸アパートを相続したいと思っていません。一方、長女は人との対応が好きな性格のため、父親の経営する賃貸アパート経営に以前より興味を持っており、管理運営をしてみたいと思っています。また、妻は自宅の相続よりも金融資産の相続を望んでいます。

夫(父親)は、相続人のためを思って遺言書を書いていると思います。また、自分の遺産の処分ですから、自身の意思で遺言内容を決定することができます。また、今回のケースの場合、それぞれの相続人に相応の遺産が分配されますので遺留分侵害の問題も生じていません。

それでは、夫(父親)が定めた遺言書に従って、遺産相続をしなければいけないのでしょうか。不本意な遺産を相続しても家族が幸せになるとは思えません。

この場合の結論は、前提となるケース毎に異なってきます。結論に差が出る前提とは、遺言書内容が相続人以外の第三者への遺贈 (例えば、友人に相続財産を与えること) が含まれているか否か、遺言書に遺言執行者が指定されているか否かです。

まず、遺言書の内容を無視して相続人が自分たちの合意内容に従って遺産分割ができる場合とは、相続人全員及び受遺者(相続人以外の第三者など)が合意し、かつ、遺言執行者がいない場合です。

今回の設例で言えば、妻が金融資産を相続し、長男が自宅を相続し、長女が賃貸アパートを相続することに合意する場合です。父親の書いた遺言書には第三者への遺贈の定めはなく、遺言執行者も定めていないとします。この場合は、夫(父親)の書いた遺言の内容を無視して相続人の意向通りに遺産分割をすることができます。

それ以外のケースでは、受遺者や遺言執行者の同意が必要となるため、遺言書の内容と異なる遺産分割は難しくなります。第三者が受遺者の場合、受遺者が簡単に同意するとは思えません。

遺言執行者について言えば、相続人の中から遺言執行者が定められている場合は、同意の余地があるかもしれませんが、弁護士や司法書士等の法律の専門家が遺言執行者に指定されている場合は簡単には同意してもらえません。

遺言執行者は、遺言者からの依頼を受けて(又は裁判所からの選任によって)その職務についています。そして、その果たすべき職務は遺言書の内容を忠実に実現することです。遺言書の内容と異なる遺産分割に同意するには、相応の合理的理由が必要となります。合理的な理由もなく、相続人に懇願されて同意してしまうと職務違反となり、責任問題に発展することになります。専門職遺言執行者は簡単には同意しません。

遺言書の内容を無視した相続人全員の同意による遺産分割について、過去の裁判例を見ても、この種の問題で色々と争われています。裁判例の中には、仮に遺言書通りに相続したとして、その後、その遺産を相続人間で交換したり贈与したと考えれば、相続人の同意内容に従って遺産相続を認めてもよいとするものもあります。また、逆に認めないものもあります。

いずれにしても、このようなトラブルに巻き込まれないためには、遺言書の内容は相続人等の関係者と事前によく相談されて決定することをお勧めします。円満な遺産相続をして頂くためにも遺言者の相続人への心遣いが必要となるのです。

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