遺言書に書く「特別受益の持ち戻しの免除」とは何ですか

遺言者が遺言書で自宅などの特定の財産についてのみ承継方法を指定していた場合、預貯金などの残りの財産については、残された相続人の間で遺産分割協議によって承継方法を決めることになります。遺産分割協議では、相続人間の公平性の観点より、遺言書によって取得された財産を、取得された方の「特別受益」としてとらえ、これを相続財産に加えて遺産分割協議をすることになります。


つまり、自宅などは遺言書に指定された方に承継されるものの、遺産分割協議の前提として、自宅などを金銭に見積り、残りの財産である預貯金の金額に加えて、遺産全体の合計金額を算出する必要があります。
この合計金額をベースに各人の法定相続分を基準にして遺産分割協議を行います。この自宅などの評価額を遺産総額に戻すことを特別受益の持ち戻しと言います。

例えば、夫と妻、その子である長男と長女の家族について考えてみます。夫が自宅 (評価額5,000万円)預貯金5,000万円を保有している場合、夫が残される妻のために自宅を相続財産として確保できるようにするために、自宅を妻に相続させる旨の遺言書を作成したとします。


夫が亡くなったとき自宅は遺言書によって妻名義になりますが、預貯金は妻と長男、長女の遺産分割協議によって承継方法が協議されます。
このとき、自宅の評価額を特別受益として遺産である預貯金に加えた(持ち戻した)結果、遺産総額は1億円になります。この1億円を各人の法定相続分を基準に分配すると、妻は5,000万円、長男・長女はそれぞれ2,500万円となります。結果として、妻は自宅の評価額で相続分を使い果たしたことになり預貯金の相続分はゼロということになります。


もし、「特別受益の持ち戻し」をしなければ、妻は自宅を確保した上で、預貯金5,000万円について長男、長女と法定相続分を基準にして分配することができます。
その結果、預貯金は、妻2,500万円、長男・長女がそれぞれ1,250万円となります。(法定相続分 妻1/2、長男1/4、長女1/4) 妻は、自宅(5,000万円)を確保した上で預貯金も2,500万円確保できることになります。

このように「特別受益の持ち戻し」をするかしないかで相続財産の額は大きく変わる場合があります。夫の意思としては、自宅を妻に承継させた上で、持ち戻しはさせたくない場合もあると思います。

そこで、持ち戻して計算してほしくない場合の希望を叶えるために「特別受益の持ち戻しの免除」という仕組みが用意されています。法律上は、「持ち戻しをする。」が原則ですが、持ち戻しをしたくない場合は、「持ち戻しの免除」という意思表示ができます。具体的には、次の例のように遺言書の中で持ち戻しを免除する意思を明示します。

(「持ち戻し免除」の遺言書の文言例 )

第1条  遺言者は、下記土地建物を遺言者の妻〇〇〇〇 (昭和××年××月××日生)に相続させる。
 (土地・建物の表示)     ‥‥

第2条  遺言者は、その相続開始後、妻〇〇〇〇、長男□□□□(昭和××年××月××日生)、長女△△△△(昭和××年××月××日生)が前条記載の土地建物以外の遺言者の遺産について遺産分割協議を行う際、前条記載の土地建物の価格を民法903条1項に規定する相続財産の価格に加えないものとする。

遺言書の中でこのような「持ち戻しの免除」を明示的に記載しておけば、持ち戻さずに相続財産の計算ができることになります。妻の相続分は、自宅は別枠として預貯金の相続分を確保することができるようになります。


ところで、妻に自宅を残したいと考えて遺言書を作成する場合、自宅は別枠で取り扱ってほしいと考えている場合が多いと思います。
つまり、「持ち戻しの免除」をしたいと考えている訳です。ところが、遺言書に上記のような文言を思い付いて入れている遺言書は殆んどありません。法律の専門家の助言を受けている場合を除いて「持ち戻しの免除」を遺言書に書いているケースは稀だと思います。


そうすると、自宅分は特別受益として持ち戻さなければならなくなります。遺言者の意思とは異なる結果となってしまいます。そこで、できるだけ遺言者の意思を実現できるようにと平成30年の相続法の改正によって、婚姻期間が長い夫婦間の場合は持ち戻し免除を認める推定規定を次の通り設けました。(民法903条4項)

「婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定(※)を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。」(※) 第1項の規定とは、特別受益の持ち戻しのこと

つまり、婚姻期間が20年以上の夫婦間で自宅を「遺贈又は贈与」したときは、持ち戻しの免除について、遺言書などに特に明示しなくても明示がされたものと推定するという意味です。「遺贈」とは、遺言書による贈与、「贈与」とは生前贈与のことです。この定めにより、遺言書にわざわざ書かなくても「持ち戻しの免除」ができるようになりました。


但し、先ほどの遺言書の文言例にもある通り、遺言書では妻に自宅を「相続させる」とする記載が多いと思います。
妻に自宅を「遺贈する」と書かれる場合もありますが、不動産の登記手続き面のやりやすさから「相続させる」の文言が多く使われます。

「遺贈する」「相続させる」も同じようなものだと思われるかもしれませんが、法律的な意味内容が異なっていますので、法律的には異なった内容になります。

先ほど紹介した「持ち戻し免除」の推定が働く場合の法文上の定めは、「…遺贈又は贈与をしたときは‥」となっているため、「相続させる」場合にも推定が働くかどうか疑問が残ります。また、規定上は「推定」のため絶対的に確実なものではありません。反証が出されれば覆る可能性がない訳ではありません。

そのため、確実に持ち戻しの免除を図りたいのであれば、改正法の推定規定に頼ることなく、遺言書に持ち戻しの免除について明示的に記載しておいた方が無難であると思います。


今回の話は、残された遺族である妻やその子である長男や長女との人間関係が良好で、遺産相続について特に争う恐れがない場合は、あまり気にする話ではありません。しかし、争いが予兆される場合で確実に残された配偶者の生計の安定を図りたい場合は、ご参考にして頂きたいと思います。

 

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