離婚経験者の相続対策での注意点はありますか

厚生労働省の令和元年人口動態統計によると、近年は年間60万人の婚姻件数に対して離婚件数は年間21万件となっています。つまり、ごく大雑把に言えば、3組に1組のカップルが結婚して離婚している計算になります。離婚件数自体は緩やかに減っているのですが、婚姻件数が大幅に減っているので離婚率は高止まりしています。


子のある夫婦が離婚した場合、幼い子は妻に引き取られることが多くなっています。離婚後、元夫婦は別々の人生を歩むことになり、それぞれが再婚して別の家庭を持つことも普通になっています。前妻に引き取られた子と父親との面会交流は、積極的に行われる場合もありますが、多くの場合、年月の経過とともに疎遠になっていくことが多いと思います。


当然、夫と再婚した妻や再婚後に生まれた子にとって夫(父親)の前妻の子との交流は殆んどないと思います。ところが、再婚後、何十年も経過した後、夫(父親)が亡くなって夫(父親)の遺産の相続手続をするとき、この前妻の子が亡くなった夫(父親)の相続人の1人として突然登場することになります。

多くの場合、正確な名前や年齢、今どこに住んでいるかなどの情報を全く知らないことも多いと思います。また、会ったこともない場合も多いと思います。しかし、前妻の子と言えども亡き夫(父親)の相続人の1人ですので、この方を除いて相続手続を行うことはできません。


具体的には、夫の遺産分けをする「遺産分割協議」に相続人の1人として参加して遺産分割手続きを行う必要があります。再婚後、子供が1人できた場合の法定相続分は、妻1/2、子1/4、前妻の子1/4となります。つまり、総財産の4分の1は前妻の子に相続権があることになります。

相続手続をするためには、前妻の子の住所を探し出して、夫(父親)の死亡の事実を知らせ相続手続に協力してほしい旨を話す必要があります。前妻の子と話し合いができ「長く音信不通になっていたのだから、今更、相続分をもらう立場にない。」と言って相続分を放棄してくれれば何の問題もありません。

しかし、多くの場合、そう簡単には決着しないと思います。「自分も相続人の1人なのだから相応のものは頂きたい。」と主張されることが多くなっています。相続財産に分配の余地があれば良いのですが、目ぼしい相続財産が住んでいる自宅しかない場合など問題が生じます。

必要な相続分を金銭で用意するためには、自宅の売却を考えなければならないかもしれません。また、分配できる遺産がある場合でも、その分け方で揉める可能性があります。このような状況になると相続手続を円滑に進めることができなくなり、手続きは中断されます。話し合いで決着しなければ、最悪の場合、調停や審判などの裁判手続きでの決着となります。


このような事態を避けるためには、相続手続について、前妻の子を除いて手続きができるように事前に対策を取っておくことが必要になります。具体的には、「遺言書」を作成しておくことです。遺言書があれば、相続手続は前妻の子の関与なく進めることができます。

もちろん、前妻の子も法律上は正式な相続人の1人ですので、この方を完全に無視して相続手続を行うことはできません。前妻の子にも法定相続人の1人として「遺留分」があります。「遺留分」とは、一定の相続人に対して、遺言によっても奪うことのできない遺産の一定割合のことです。相続人としての遺留分を侵害されれば、「遺留分侵害額請求権」という権利が前妻の子に発生し、これを行使することができます。

但し、この権利は前妻の子が父親の死亡を知らないと行使できません。通常は、長く音信不通で交流がない親子の場合、父親の死亡を知ることは少ないと思います。つまり、遺言書を作成しておけば、秘密裏に遺産相続手続を行うことができてしまうということです。


また、「遺留分侵害額請求権」には、時効とよく似た「除籍期間」という定めがあります。

遺留分侵害額請求権は、相続が開始したことや遺留分を侵害するような遺言があったことを遺留分権利者が知らなくても、相続が開始してから10年が経過すると消滅します。

従って、遺言書によって相続手続を行い、何事もなく10年が経過すれば良いことになります。途中で発覚した場合は、遺留分に相当する金銭を支払う必要があります。但し、遺留分は法定相続分に比べれば半分ですので負担は軽くなります。

もちろん、従来より父親と交流があり、再婚後の家族とも一定の親交があれば、父親の葬儀に呼ばれると思います。この場合は、遺産相続の話し合いも比較的円滑に進む可能性がありますので、相続手続についても話し合いを行うべきだと思います。

 

なお、遺言書作成の注意点として、自筆証書による遺言書は避けた方が良いと思います。遺言書は、公正証書遺言で作成する必要があります。

理由としては、遺言書の存在を相続人に対して秘密にすることが難しいからです。自筆証書遺言は、遺言者が亡くなった場合、家庭裁判所に対して「検認」の手続が必要になります。「検認」とは、遺言書の開封作業を家庭裁判所において相続人立会いの下で行う手続きです。当然、全ての相続人に対して家庭裁判所より出頭の通知が出されます。


また、最近は、自筆証書遺言の法務局での保管制度が開始されたことから、法務局に保管依頼している場合があります。この制度利用のメリットとして「自筆証書遺言でも検認手続きが不要です」と広報しています。確かに検認手続きは不要ですが、遺言書の保管記録を請求すれば、関係相続人に対して通知が行く仕組みとなっています。

結局、自筆証書遺言の場合は、関係する相続人に夫(父親)の死亡の事実が知らされ、自分自身が相続人の1人であることが意識されることになります。そのため、検認手続きが不要な「公正証書遺言」を活用する意味があるのです。


(まとめ)

今回のお話は、一例として、離婚した夫を中心に話を進めました。離婚した妻を中心に考えても同様ですので、内容を置き換えてお考え下さい。

離婚経験のある方は、残された家族が相続手続で苦労しないように生前の対策の1つのヒントとして頂ければよいと思います。

 

Follow me!