「遺留分」を侵害する内容の遺言書で相続手続をしても良いですか

遺言書が相続人の「遺留分」を侵害している場合がありますが、このような遺言書に基づいて、そのまま遺言書通り相続手続を進めて良いかどうか迷う場合があります。例えば、相続人が長男、長女、次男の場合で、遺言書には「長女に全ての遺産を相続させる」と書いてある場合です。


最近は、 自筆証書遺言を作成される方が増えていますが、自筆証書遺言の場合、第三者に相談することなく遺言者の思いで遺言を書かれることが多いため、「遺留分」について考慮することなく特定の相続人に多くの遺産を相続させる遺言が見られます。


なお、「遺留分」とは、一定の相続人(「遺留分権利者」といいます)に最低限保障される相続財産の一定割合のことです。遺留分権利者は、兄弟姉妹以外の相続人 ( 具体的には、配偶者、子、親 ) です。

遺言が遺留分を侵害する内容であっても、遺言が無効になることはありません。しかし、遺留分権利者は、遺言によって自分の遺留分が侵害された場合、その回復を求めることが認められています。


この「遺留分制度」については、平成30年の相続法の改正により、大幅な見直しが図られました。そのため、遺留分に関する問題の処理方法が、少し複雑になっています。

改正前の旧法では、遺留分が侵害された場合、遺留分権利者は「遺留分減殺(げんさい)請求権」という回復請求権を行使することができました。遺留分減殺請求権が行使された場合、遺留分を侵害する内容の遺言書に基づいて実施された相続財産の移転(名義変更)は、遺留分を侵害する限度で効力を失うとされていました。

その結果、遺言書に基づいて移転された相続財産は、遺留分減殺請求をすることで、当然に遺留分を侵害する限度で効力を失い、遺留分権利者との「共有」状態になりました。

具体例として、例えば、相続財産が実家の土地建物で、相続人が長男、長女、次男のとき、遺言書に「実家は長女に相続させる」と書いてあるとします。長女が遺言書に基づいて実家の名義変更(相続登記)をした後、長男と次男から長女に対して「遺留分減殺請求」が出されると、自宅の所有関係が長女と長男、次男との共有関係になりました。

その後、共有関係の解消を巡って新たな紛争が生じる恐れがあり、法が予定している遺留分侵害の解決方法の妥当性に疑問符がついていました。

そこで、平成30年の相続法の改正により、遺留分侵害に対する権利回復の請求によって生じる効果を全面的に改め、遺留分が侵害された場合、遺留分権利者は、遺言書によって相続財産を取得した者に対して、遺留分を侵害した分を「お金」で請求する方式に変更しました。


つまり、先の例で自宅の所有関係を兄弟三人による共有状態にするのではなく、長男と次男に保証された遺留分に見合う財産額を長女が金銭で支払うことに変更されました。これにより、遺留分侵害があった場合の回復請求権の呼び方が、従来の「遺留分減殺請求権」から「遺留分侵害額請求権」に変更になりました。


それでは、このような法改正を踏まえて、遺留分を侵害する遺言書の処理方法はどのように行えばよいのでしょうか。

遺留分に関する相続法の改正の施行日は、令和元年7月11日です。従って、この日より後に亡くなった方の遺言によって遺留分が侵害された場合は、改正法が適用され、「遺留分侵害額請求権」の扱いとなります。つまり、事後的に金銭で問題の解決を図ることになります。

そのため、遺留分を侵害する遺言書も遺言書の内容通りに執行(名義変更など)を進めて良いことになります。


それに対して、令和元年7月11日以前に亡くなった方の遺言によって遺留分が侵害されている場合は、旧法が適用され、「遺留分減殺請求権」の扱いとなります。つまり、遺留分減殺請求権が行使されれば、自動的に共有状態となってしまいます。

そのため、遺留分を侵害している遺言書に基づいて相続手続を執行してよいか迷うことになります。不動産の名義変更などは遺言書に基づいて行うことができますが、名義変更した後で遺留分減殺請求権が行使されれば、遺言者が亡くなった時にさかのぼって共有状態となるため、遺言の執行(名義変更)をやり直す必要が生じます。

従って、旧法の取り扱いの場合は、遺留分減殺請求が、まだ出されていない場合も含めて、一旦、遺言の執行を中断した方が賢明である場合が多いと思います。遺留分減殺請求をするかどうかは遺留分権利者の任意であるため請求しないかもしれません。しかし、請求された場合は、進めた手続きが遡及的に変更となるため悩ましいことになります。

また、遺留分侵害の具体的な額は、全ての相続財産の評価額を計算して初めて明らかになるため、簡単には分かりません。

そこで、遺留分減殺請求権が行使された場合は、相続財産の全貌を明らかにして、各相続人の遺留分額を計算し、その額に応じて不動産などの共有持分登記をすることになります。先の例で言えば、相続財産が実家しかないとすれば、実家の登記名義は、長女4/6、長男1/6、次男1/6となります。(長男、次男の法定相続分は1/3で遺留分はその半分の1/6です。)


また、まだ遺留分減殺請求が行使されていない場合は、遺留分権利者の意向を確認することも考えられます。確認することによって遺留分減殺請求を誘発することになる可能性もあり、判断が難しいところです。かといって、一旦中断した遺言手続を長期間中断することも問題です。遺留分権利者の「人となり」も見極めて手続続行可否を判断することになると思います。

なお、「遺留分減殺請求」や「遺留分侵害額請求」は、難しい手続きは必要なく、遺留分が侵害されている旨を手紙などで請求すれば要件を満たします。通常は、配達証明付きの内容証明郵便を使用することになります。

(まとめ)

遺留分を侵害する内容の遺言書がある場合、遺留分を侵害された相続人から回復請求が出される場合がありますが、令和元年7月11日以降に遺言者が亡くなった場合は、遺言書通りに手続を進めても問題ありません。遺留分侵害の解決は、事後的に金銭での解決となります。

それに対して、旧法での取扱いとなる場合は、一旦、手続きを中断して侵害された遺留分の額を確定するのを待って手続きを進める方が無難であると思います。

なお、遺言書作成時は、遺留分のことも考慮しておくことが、無用な混乱を回避できるので検討頂くことも必要になります。

 

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