「おしどり贈与」の有効な活用方法はありますか

生前の相続税対策の一つとして夫婦間で不動産の生前贈与を行うことがあります。通常、贈与をすると高額の贈与税がかかります。例えば、物件価格が3,000万円を超えると税率は55%と非常に高くなります。そこで、以下の適用条件を満足した場合、贈与税が2,000万円まで非課税となる「おしどり贈与」が注目されています。贈与税の配偶者控除(通称:おしどり贈与)とは、長い間連れ添った夫婦に対する贈与税の優遇規定です。

<適用条件>

1.婚姻期間が20年以上の配偶者間の贈与であること
2.贈与財産は居住用不動産or居住用不動産を取得するための金銭であること
3.贈与された翌年の3月15日(申告期限)までにその不動産に住み始め、その後も引き続き住む見込みがあること(現に住んでいれば問題なし)
4.同じ配偶者から過去にこの特例の適用を受けていないこと
5.贈与税の申告をすること(贈与税が0円でも申告は必要)

夫婦が長年協力して財産を築き上げてきたので、長年連れ添った夫婦間に限り、居住用不動産(もしくはその購入資金)を贈与する場合には、2,000万円まで贈与税は非課税にしてあげますという制度です。通常の贈与税の非課税枠110万円がありますので、それも加えれば2,110万円まで非課税となります。

また、「おしどり贈与」をした後、配偶者(贈与者)が亡くなり相続が発生した場合、通常ですと配偶者の死亡前3年間に行った贈与については、相続税の計算上、相続財産に含めて計算する必要がありますが、「おしどり贈与」の場合は含めなくても良いのです。

このように一見すると活用メリットのある制度のように見えますが、実際にはあまり利用されていません。活用されない理由は、確定申告が面倒という以外に、贈与税以外の税金についても損得計算をすると実はメリットがない場合があるからです。

具体的には、贈与税は非課税でも、不動産の贈与の登記をすると登録免許税がかかってしまうこと、さらに、贈与された側に不動産取得税もかかってしまうことです。税率が低ければ問題ないのですが、結構な税率の為、贈与する物件価格によっては高額になってしまいます。尚、不動産の価格は、固定資産税評価額を基準として判断します。

例えば、贈与する不動産の価格が2,000万円とすると贈与税は非課税となりますが、不動産取得税が60万円 (本則税率3%)、登録免許税が40万円 (税率2%)となり合計で100万円かかってしまいます。勿論、贈与税は750万円 (税率50% 控除額250万円 2,000万円×0.5-250万円=750万円)かかりますので金額メリットは十分あります。

しかし、生前に贈与しなくても夫婦の一方が亡くなった後、残された配偶者に相続させた方が事前に贈与するよりも金額メリットが大きい場合が多いからです。相続税の税率は贈与税より低いですし、夫婦間で相続した場合。1億6000万円までは相続税が非課税となっています。また、不動産を相続した配偶者には不動産取得税がかかりません。さらに、相続登記のための登録免許税の税率は0.4%と贈与の2%に比べて低率となっています。

このようなことから、一見お得な「おしどり贈与」も専門家に相談して色々と計算してもらうと消極的になる場合が多いのです。さらに、相続税の計算上、宅地の相続税の額を大幅 (評価額を1/8) に低減させる「小規模宅地の特例」が生前贈与の場合は使用できないことも大きなデメリットとなっています。

また最悪の場合、贈与された方が先に亡くなってしまうと全てが無駄になってしまいます。この場合、相手方配偶者に贈与した不動産を再度相続して元に戻ってしまいます。

ところで、この「おしどり贈与」を有効活用する場面はないのでしょうか。一般的には、あえてこの制度を活用するメリットは少ないと思いますが、状況によっては有効活用できる場合があると思います。

例えば、「子供のいない夫婦の場合」です。子供のいない夫婦では、残された配偶者が義兄弟(亡き配偶者の兄弟姉妹)と遺産分割することになりますが、「争族」問題に発展するケースが多くなっています。兄弟姉妹には遺留分がないことから、「おしどり贈与」を生前に行っておけば、遺産分割で無用の争い事を避けることができます。

勿論、生前に「おしどり贈与」するよりも残された配偶者に自宅を遺贈する旨の遺言書を作成して相続させた方が税金の額は少なくなる場合が多いと思います。しかし、遺言書による場合は、遺言書の有効無効も含めて100% 残された配偶者に相続できる保証がないことから、生前に確実に贈与できる「おしどり贈与」にも選択の余地があるということです。

また有効活用できる別のケースとしては、「親子仲が悪い場合」です。例えば、夫婦と子供のケースで遺産が居宅不動産と僅かな金融資産しかないような場合です。相続が発生した場合、子供が法定相続分を主張すれば自宅を売却してお金を作る必要が出てきます。

このようなことを防ぐ手立てとして生前の「おしどり贈与」が活用でる場合があります。生前に自宅を配偶者に贈与して相続財産から自宅を除いておけばよいからです。

勿論、簡単に相続財産から除くことは出来ません。複数の相続人がいる場合に、一部の相続人が亡くなった方(被相続人)から遺贈や贈与によって特別に利益を受けた場合これを「特別受益」と言います。そして、特別受益分は相続が発生した場合、各相続人の相続分を計算する時、相続財産に合算して計算する必要があります。これを「特別受益の持ち戻し」といいます。

今回の場合では、生前に贈与された自宅を相続財産に組み入れて具体的な相続分の計算を行う必要があるということです。

この「特別受益の持ち戻し」は財産を与える方が、意思表示により免除することができます。免除すれば、相続財産に合算する必要がなくなります。免除の方法としては、遺言書があればその旨を遺言内容として記載します。生前贈与であれば、贈与契約書に明示します。しかし、往々にして「持ち戻しの免除」についてまで意識して書かれている遺言書や契約書は少ないのが実情です。

このようなケースを救うため、2019年7月1日の相続法の改正によって「おしどり贈与」のケースでは、「婚姻期間が20年以上の夫婦間で居住用不動産が遺贈や贈与された場合は、持ち戻し免除の意思表示があったものと推定する。」との規定が民法に新設されました。これにより、書かれてなくとも原則免除されることになりました。

これにより、「おしどり贈与」をしておけば、自宅は相続財産から控除して、残った金融資資産のみを相続財産として、親子間で遺産分割すれば良いことになります。

しかし、この場合は話はそんなに単純ではありません。子供には民法で遺留分が保証されている為、遺産分割の結果、具体的な相続金額が確定した場合において、これが子供の遺留分を侵害する場合は、話は変わってきます。

特別受益の持ち戻しの免除があったとしても、贈与や遺贈により遺留分を侵害する場合には、遺留分を侵害された相続人は遺留分侵害額請求を行うことができるということです。今回のケースでは、遺留分を算定する場合、持ち戻しの免除があったとしても自宅を相続財産に含める必要があるということです。設例では自宅が相続財産の大半の額を占めていますので、残された僅かな金融資産では子供の遺留分を満たすことは難しく、最悪、自宅の処分が必要になってきます。

このような状況を避けるためには、「おしどり贈与」をできるだけ早期に行う必要があります。先ほど説明した相続法の改正の別の定めにより、遺留分侵害額請求権(新民法1046条)の計算過程において、遺留分算定の基礎となる相続人資格者への生前贈与については、相続開始前10年間より前の贈与を対象外とすることとされました。(新民法1044条3項) これにより、10年以上前の贈与には遺留分について考慮しなくても良いことになりました。

話が二転三転して難しいと思いますが、結論としては、親子間が不仲な場合で残された配偶者に確実に居宅不動産を与えたい場合は、できるだけ早く(相続開始10年以上前)に「おしどり贈与」を行っておけばよいということになります。

有効活用が難しいと言われている「おしどり贈与」の活用方法について考えてみました。まだ他にも活用方法はあるかもしれませんが、話が込み入ってますので活用する場合は、専門家にご相談されることをお勧めします。

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