「任意後見」という言葉をよく聞きますが、成年後見と何が違うのですか

高齢化社会の進展とともに判断能力や意思能力が低下した高齢者が増えています。特に「認知症」を発症した高齢者の身上監護や財産管理面の保護制度が必要になっています。例えば、高齢になって、自宅を売却して介護施設に入所したいと思ったとき、本人が認知症を発症していれば、自宅の売却や介護施設への入所契約の締結が難しくなります。


このような場合、通常は、「法定後見」制度を活用することになります。法定後見制度とは、認知症や精神上の障がい等により意思能力が不十分な人に対して適用される保護制度です。家庭裁判所への申立てによって選任された後見人が、本人に代わって財産や権利を保護する役割を担います。


法定後見人には、「後見」「保佐」「補助」といった3種類があり、判断能力の低下度合いに応じて、いづれかが選択されます。判断能力の低下が最も進んだ場合が「後見」となり、軽微であれば「補助」となります。「保佐」はその中間です。選ばれた者の役割や権限もこの区別に応じて異なっています。


法定後見人の区分で「後見」の場合について、通常、「成年後見人」と呼称しています。これは、後見人には「未成年後見人」も存在するため区別する意味で「成年後見人」と呼んでいます。また、法定後見制度を活用する場合、3つの種類のうち成年後見人が選任される場合が多いため、「法定後見」と言えば「成年後見」のことのようになっています。

この「成年後見」制度については、制度運営上の課題や問題点が色々と指摘されています。これまでも制度の見直しや改善がなされてきましたが、必ずしも十分な成果が見られておらず、現在も引続き改善策が検討されています。

成年後見制度を利用しようと思った場合、次に述べる点が課題や問題点となり、制度の活用を断念する場合があります。このため、後見制度の普及が政府が想定したようには進んでいません。

(成年後見制度を活用する場合の課題や問題点)

(1) 成年後見人は家庭裁判所が選任するため、希望した人を後見人にできない場合がある。

家庭裁判所によって弁護士や司法書士などの専門職が成年後見人に選任されるケースが多くなっています。専門職が選任されれは、これら後見人への報酬が発生して負担となります。家族としては親族の中から後見人を選定してほしいと希望しますが、本人の持つ財産状況や管理すべき業務内容から「親族後見人」が認められない場合があります。


(2) 成年後見人は本人が亡くなるまで退任することができない。

成年後見人は、選任されれば本人が亡くなるまで原則として退任することはできません。つまり、成年後見制度は一生ものであるということです。自宅を売却して介護施設入所のための必要資金が調達されたので制度活用の目的は達成されたとしても、成年後見人に退任してもらうことはできません。現在の法律では、成年後見人の「スポット利用」的な活用は認められていません。

(3) 成年後見人が専門職の場合、一生分の報酬が必要になる。

弁護士や司法書士などの専門職への報酬は、本人が亡くなるまで毎月発生します。報酬の原資は、本人の財産から支弁されますので本人の財産にある程度の余裕がないと制度活用が難しくなります。


(4) 成年後見人が専門職の場合、家族と相性が合わなくても一生お付き合いする必要がある。

成年後見人に選ばれた専門職と家族や親族との相性の問題があります。最初は相性が合わなくても、徐々に気心が分かってきて、何でも相談できる関係が築かれる場合も多いと思います。しかし、相性の合わない場合もあります。その場合でも、家族は一生、選任された方とお付き合いすることになります。

(5) 成年後見人の職務内容は、家庭裁判所に委ねられ、本人の意思や希望が入る余地が少ない。

成年後見人は、本人の身上監護や財産管理を行いますが、どのように行うかは成年後見人が家庭裁判所の判断を仰ぎながら決定します。家族がこうしてほしいと希望しても、成年後見人が本人の利益にならないと判断すれば認めてもらえません。判断基準は「本人にとって利益となるか」であり、家族の利益ではありません。この点が本人の財産の使い方について家族と成年後見人との軋轢を生みやすい点になります。


このような制度活用上の課題や問題点があるため、これを回避する為の1つの方策として、最近は「任意後見」制度の活用が見直されています。不自由な面が多い成年後見制度を嫌って「任意後見」制度を活用する方が増えています。

それでは、次に「任意後見」制度について見ていきます。

「任意後見」とは、本人と後見人になる者(「後見人候補者」)との私的な契約によっておこなうものです。契約ですから、当然、本人が元気なうちに行う必要があります。認知能力が低下してからは契約はできません。


この契約(「任意後見契約」といいます)によって、本人が将来認知症などにより意思能力が低下した場合に備えます。本人が認知症などを発症した場合、契約を締結した後見人候補者が、家庭裁判所に所定の手続きを行って後見人となり、本人を支えることになります。

後見人候補者は本人の希望により誰でも指定することができます。多くの場合は信頼のおける家族ということになると思います。家族ですから報酬面の心配はないと思います。

家庭裁判所は、本人が指定した後見人候補者以外の者を後見人とすることはできません。後見人の資質に疑問を感じても別の人を選任することはできません。そのため、家庭裁判所では、制度開始に当たって、後見人を監督する者として「任意後見監督人」を選任します。多くの場合、専門職が選任されます。

当然、専門職の報酬が発生しますが、監督業務のため後見業務に比べて報酬額が低くなります。

また、実際の後見業務の内容も成年後見人や家庭裁判所が決めるのではなく、「任意後見契約」で予め定めておくため、本人や家族の希望を入れたものとすることができます。


このように「任意後見」制度を活用すると成年後見制度の持つ課題や問題点の多くを回避することができます。唯一解決できない点は、「後見人は一生ものである」点です。この点は対応できないのですが、家族が行うのであれば問題はないと思います。本人が亡くなるまで支えていくことは家族としては当然のことだからです。

なお、「任意後見契約は、掛け捨て保険のようなものだ」とよく言われます。仮に任意後見契約を締結しても、本人が将来、認知症などを発症することなく天寿を全うした場合は、任意後見契約が発動することがありません。本人に問題がない以上、何でも本人の判断で行うことができ、任意後見を発動する必要がないからです。

任意後見契約の締結には一定の費用がかかります。保険と一緒で保険事故が起きなければ、かけた費用は無駄になります。その意味で掛け捨て保険と似ています。しかし、締結しておけば安心感があり、万一の場合にも安心して対応することができます。


(まとめ)

今回は、「成年後見」制度と対比する意味で「任意後見」契約について説明しました。成年後見人の持つ課題を一定程度クリアできる制度として任意後見契約がありますので、必要な方は選択肢の1つに入れてご検討ください。

特に、将来、認知症になる不安をお持ちの方や家族の方は、よく内容をお調べ下さい。「任意後見」契約の締結の方法など詳しい制度内容は、お近くの司法書士や弁護士に確認されれば詳しく教えてくれると思います。

 

Follow me!