長年別居中の妻と子供がいますが、同棲中の愛人に遺言で財産を遺すことはできますか

妻と子供がいるが夫婦関係が冷え切って長年別居している場合、夫が同棲している愛人に現在居住している家屋などの財産を遺(のこ)したいと考えることがあります。特に、妻と別居後に同棲した愛人との生活が長くなり、自分が亡くなった後の愛人の生活保障を考えたとき一定の財産を愛人に遺したいと希望する場合です。

相続財産を相続人以外に遺すには「遺贈」をする必要があります。遺贈とは、遺言書を書いて財産を受遺者 (この場合は愛人) に遺すことです。しかし、不倫の相手に遺言書を書いたとして、本当に財産を遺せるものでしょうか。今回はこの問題について見て行きます。


( 不倫の相手に財産を遺すことは「公序良俗」に違反するか )

遺言書を書いて自分の財産を他人に遺すことは遺言者の自由とされています。自分の財産の処分方法を自分が決めるわけですから、誰に遺そうが本人の自由ということです。これが基本的な考え方です。

もちろん、相続人以外の方に財産を遺した場合、相続人の「遺留分」を侵害することがあります。例えば、全財産を愛人に遺贈すれば、妻や子などの法定相続人の遺留分を侵害することになります。妻や子から遺留分の請求があればこれに応じる必要があります。

問題は、遺留分云々は別にして、遺言書による遺贈がそもそも「無効」になるかどうかということです。民法には「公序良俗違反」という考え方があります。これは人々が社会生活を平穏に過ごすことができるように「公の秩序に違反し、善良な風俗を害する行為は無効とする」というものです。

よく例として挙げられるのは麻薬の密売契約などです。麻薬の取引は法律で禁止された違法行為です。麻薬の売買契約や必要な資金の融資契約は、当事者が同意していても当然に無効になります。

この点から愛人に財産を遺すことが「公序良俗違反」にならないかどうかということです。不倫関係を法律が保護するようなことにならないかということです。公序良俗違反と判断されれば遺言自体が無効ということになります。

日本では「一夫一婦制」を採用して法律婚を保護する制度を取っています。妻子ある夫が不倫関係にある女性に遺贈する旨の遺言書を作成した場合、遺言の効果は妻子の有する遺留分の限度で一部制限を受けるだけでなく、そもそも、遺言自体が一夫一婦制という社会秩序に反するものとして「無効」になるのではないかということです。

 


( 裁判所はどのように判断しているか )

最高裁判所は、妻子のある男性が半同棲の関係にある愛人に遺産の3分の1を遺贈したという事件に関して、この遺言を有効と判断しました。

判断の前提とした事実関係は、「夫婦関係の実態がある程度失った状態の下で半同棲生活が7年間続いていた」「遺言の前後で男性と愛人との関係性に特段の変化がなかった」「遺言の内容が妻、子、愛人に各3分の1与えるものであった」「子も独立して生計を立てていた」でした。

この裁判所の判断から、愛人への遺贈が有効に判断されやすい要件として次のように考えられています。

① 遺贈が不倫相手との不倫関係の維持継続を目的としているものではなく、もっぱら不倫相手の生活保全のためのものである。

② 遺言の内容が妻子の生活基盤を脅かすものではないものである。

①②の要件を満たしていれば遺言書が有効と判断されやすいということになります。但し、それぞれの夫婦の置かれた状況によっては色々な判断がなされる可能性があります。一つの目安ということになります。


( 遺言書を作成するにあたっての留意点 )

裁判所の判断要素を踏まえて遺言書を作成する場合は、次の点を意識して書く必要があります。

(1) 遺贈する財産の額が愛人の生計を支えるもの以上でないこと。

遺贈の額が愛人の生計の維持に比べて過大であれば、遺言が無効と判断されやすくなります。

(2) 遺贈する財産の額が妻子の生活基盤を脅かすものでないこと。

妻や子が独立して生計を維持できているか否かなどを考慮することが必要です。また、夫名義になっている財産について、その形成過程において妻との協力において蓄えることのできた財産であるときは、その点を十分考慮する必要があります。

(3) 遺贈分を割合的に表現せず具体的な財産として明示する。

妻、子、愛人に各3分の1の割合を与える様な遺言のことを「包括遺贈」と言います。自宅とか預貯金などの具体的な財産ではなく、相続財産全体に対する分数的な割合で表現した遺言のことです。

包括遺贈は、実際に遺言者が亡くなった場合、相続人(妻子)と受遺者(愛人)との間でどの財産を誰が貰うかを協議する必要があります。各3分の1ではどの財産を誰が貰うか分からないからです。そして、この分割の協議のことを「遺産分割協議」と言います。しかし、妻子と愛人で遺産について協議をすることは至難の業となり簡単には決着しないかもしれません。

そのため、愛人に渡す部分は包括遺贈ではなく具体的な財産で明示した方が良いと思います。なお、妻子に渡す部分については包括的でも具体的な財産でもでもどちらでも良いと思います。妻子間で遺産分割協議をすることは特段問題ないからです。

 


(4) 愛人のもらう部分については愛人自身を遺言執行者に指定しておく。

遺言者が亡くなったとき遺言書の指定に従って財産の名義変更などをすることを「遺言の執行」といいます。この遺言の執行は、財産をもらう人と相続人全員が共同で行うことになります。但し、遺言執行者を遺言書で予め定めておけば、遺言執行者が相続人の関与なしに行うことができます。

愛人が妻子などの相続人の関与なしに遺言の執行をするためには遺言執行者の指定が必要になります。遺言執行者は財産をもらう人がなっても良いので愛人自身を遺言執行者に指定しておきます。

但し、遺言書全体の遺言執行者に愛人を指定すると愛人がもらう財産以外についても遺言の執行をする必要があります。これは面倒な事になる恐れがありますので、自分が貰う財産についてのみの遺言執行者として指定を受けておきます。こうすれば、妻子から影響を受けずに自分の分だけの遺言の執行を行うことができます。


( まとめ )

最近は熟年離婚が増えています。また、夫婦の3組に1組が離婚する時代であるとも言われています。高齢の夫婦の場合、婚姻関係が事実上破綻していても離婚はせずに別々に生活していることがあります。

世間体を気にして、相続財産の関係、子供との関係など離婚しない理由は色々あると思います。理由は何であれ、夫婦間で今回の事例のような愛人との関係が生じる可能性もでてきます。このようなとき、遺言で愛人に財産を譲りたい場合は慎重に遺言書の内容を考える必要があります。

「全財産を愛人に遺贈する」というような遺言書を安易に作成することのないようにお願いしたいと思います。 

 

Follow me!