遺言書に「自宅を相続させる」と書いてあるのですが、生前に自宅の名義を「仮登記」できますか

遺言書に「自宅は長女の花子に相続させる」と書いてあっても相続人が他にもいるため本当に自宅を相続できるか不安になる場合があります。最近の民法の改正によって「相続登記は早い者勝ち」というような記事も目にすることがあるので気になるところです。

不動産の登記には本来の登記 (「本登記」) の他に事前に権利を予約しておくことのできる「仮登記」という制度があると聞いたので、これを使って自宅の権利を保全できないかと考えたくなります。今回はこの問題について考えてみます。


(「相続登記は早い者勝ち」とは )

最近の民法の改正によって「相続登記は早い者勝ち」になったと言われています。これは相続によって不動産を取得した場合、自分の法定相続分を超える部分については、相続登記をしておかないとその権利を他の人に対抗 (主張) できないとされているからです。これは遺言によって不動産を相続する場合でも同様となります。

例えば、父親名義の不動産があり、父親が亡くなったときの相続人として母親と長男、長女がいるとします。遺言書に「自宅は長女に相続させる」と書いてあったとします。従来は、遺言書されあれば長女の権利は絶対的に確保されていました。遺言書の存在は水戸黄門の印籠のように、これを見せれば一同納得して頭を下げる存在でした。

 


ところが、最近の民法の改正によって、この事情が一変しました。亡き父親の相続に関する長女の法定相続分は1/4です。この1/4を超える自宅の持分 (持分3/4) については、たとえ遺言書があっても相続登記をしないと母親や長男に対抗できないのです。

長女がのんびりしていると長男が遺言書の存在を無視して勝手に実家の相続登記を法定相続分通り「母2/4、長女4/1、長男1/4」とすることができます。そして、長男が自分の持分である1/4について第三者に売却することもできるのです。第三者に持分が移転してしまうと長女はどうすることもできません。最悪の場合、第三者の言われる金額で持分を買い取らされたり、共有物の分割請求によって自宅を売却される恐れがあります。

今回の話は、このようなことを気にして事前の対策として何かできないかと考え「仮登記」の活用を考えたものです。

( 遺言による不動産の生前の仮登記は可能か )

不動産の登記には、本来の登記以外に登記の順番を保全する「仮登記」という制度があります。正式の登記が何らかの事情で今はできないが、一定の条件が揃えば、登記の順番をキープできる登記が「仮登記」です。

不動産登記は登記の順番で優劣が決まります。仮登記で登記の順番さえ確保しておけば、その後に不動産の名義変更の登記が入っても、先に順番を確保しておいた仮登記には対抗できません。仮登記の順位が優先します。

その後、正式の登記ができる条件を整えて仮登記に基づいて本登記をすれば、その登記の順位は仮登記の順位と同じになります。つまり、仮登記の後から行った不動産の名義変更に勝つことができるのです。

このような仮登記を利用して実家の登記名義を遺言によって予め仮登記したくなります。

ところが、遺言による不動産の仮登記は認められていません。

遺言による財産の移転のことを「遺贈」と言いますが、遺贈はいつでも自由に「撤回」することができます。本人が遺言書を書いた後、気が変わって、別の内容の遺言書を作成することができます。これが遺言の本質ですので、この遺言者の権利を制限することができません。

遺贈を原因として所有権移転 (名義変更) の仮登記を認めると、撤回ができるという遺言者の自由を制限することになります。そのため、遺贈による不動産の仮登記は認められていません。


( 遺贈がダメなら「死因贈与契約」ではどうか )

遺贈によく似たものに「死因贈与契約」と言うものがあります。遺贈は遺言者の「単独行為」ですが、こちらは「贈与契約」ですので贈与者と受贈者の契約行為で行います。遺言書は遺言者が1人で作成しますが、死因贈与契約は贈与者と受贈者が契約書を作成して2人で行います。

死因贈与契約とは、贈与契約の効力の発生が贈与者が亡くなってから発生するというものです。この点で遺言と似たような効果を発揮します。「父親は長女に自宅を贈与し長女はこれを承諾した。但し、この契約の効力は父親が亡くなった時に発生する」のような贈与契約を作成して行います。

この死因贈与契約に基づいて不動産の仮登記は認められています。これは、贈与契約は贈与者と受贈者双方の合意によって成立するものだからです。締結した契約の存在を保全するために、必要であれば贈与者の生存中であっても所有権移転登記の仮登記を行うことができます。

死因贈与契約を撤回するためには、原則として、贈与者と受贈者の合意が必要なため、遺言のような「撤回」の自由がないからだと思われます。(但し、後述するように判例の立場は必ずしもそうとは言い切れないため、登記実務の運用として仮登記が認められているとしか言えないかもしれません。)

いずれにしても、このようなことから、相続に不安な場合は「死因贈与契約による仮登記」が選択肢の1つになり得ます。

 


( 遺言者が死因贈与契約をした後、自宅を勝手に売却した場合はどうなるか )

遺言者 (父親) と長女が死因贈与契約を締結して、生前に自宅の登記名義を長女名義に仮登記したとします。長女が安心していたところ、父親の気が変わって自宅を第三者に売却してしまったとします。この場合はどうなるのでしょうか。

そんなことがあるのかと思われるかもしれませんが、最近流行りの「リースバック」の存在があります。自宅を生前に不動産会社などに売却して、引き続き自宅を不動産会社から賃借して住み続けるというものです。色々な会社が参入してテレビCMも盛んに流れています。年金生活だけでは生活に潤いがない点を巧みについてリースバック会社の営業の話に乗ってしまう場合があるのです。

営業の口車に乗ってしまったとしても父親と長女の間には贈与契約書があります。書面化された贈与は相手方の同意が撤回には原則として必要です。そう考えれば、仮登記してあるのだから長女としては安心と考えることもできます。( 尚、書面によらない贈与契約は履行前であれば自由に撤回できます。書面化していない贈与は気が変わることも多いため撤回を認めています。)


ところが、死因贈与契約は遺言による遺贈と実質的に同じであるので、書面による死因贈与契約でも撤回できるとするのが判例の見解です。「遺贈」は遺言書を書き替えるだけでいつでも自由に撤回が可能です。一方、「死因贈与」も民法で「遺贈の規定に準じる」とあるため、贈与者の最終意思を尊重する観点から贈与者の一方的な意思で撤回することができると裁判所は考えています。

このことは、贈与契約の撤回に関する考え方と相いれない気がしますが、判例は死因贈与契約と遺贈は本質的に同じと考えて、贈与者の自由な撤回を認めています。

そうすると、死因贈与契約に基づいて「仮登記」を行っていても父親の生前処分には対抗できないこととなります。父親の生前処分を「撤回の意思」の表れと考えるのです。 つまり、仮登記はできるもののその効力は以前の遺言のように絶対的なものではなく、少し効力が弱いものであるということができます。

もちろん、不動産の登記簿に「仮登記」が入っていれば取引に入ろうとする業者は非常に警戒します。通常は、仮登記を抹消した上でないと安易に売買には応じないと思います。その意味で仮登記をしておくことは有益であると思います。

しかし、リースバックを専門とする業者の中には、判例知識を熟知している業者もいるため仮登記が入っていても平然と買い取っていく恐れがあります。この点には十分に注意が必要になります。

仮登記をしておけば 万全ではないものの親族間の話であれば仮登記で十分効果があるとも考えられます。死因贈与契約のメリットと限界を十分知ったうえで活用することが必要になります。


(まとめ)

遺言書が絶対の時代は終わりました。遺言書があっても早めに登記をしないと権利が守られない時代となっています。遺言書があっても相続人の1人が法定相続分で相続登記を行えば、遺言書は事実上無意味なものとなってしまいます。

このことを十分意識する必要があります。

今回の死因贈与契約に基づく登記の方法は「始期付所有権移転仮登記」という登記方法になります。登記手続自体は少し専門的なものですので司法書士に依頼して行って下さい。相続争いが予想される場合は、色々と対応策を考えないといけないことになっていますので十分注意して下さい。

 

 

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