遺言書で「親の遺産は全てお金に換えて相続する」方法はありますか

親が亡くなったとき親の住んでいた実家などの不動産の現物は相続したくない場合があります。既に自宅を持っている相続人にとって、親が亡くなった後の実家は「空き家」になります。空き家を相続しても他に貸すなどの有効活用をしない限り固定資産税の負担がかかることになります。このような場合、親が相続人のことを考えて「遺産は全てお金に換えて相続させる」とする遺言書を書くことができるのでしょうか。


遺言者や相続人の具体的な希望としては、自宅や遊休不動産、金融資産など相続財産の全てを換金して、換金などに必要な手続費用を除いた残金を遺言書で定めた相続分に応じて相続人に分配できるようにしたいことになります。

このようなことを実現できる遺言のことを「清算型遺贈」といいます。また、清算型遺贈は相続人の相続分を2分の1などの割合で指定することが多いので、「清算型包括遺贈」ということもあります。


(「清算型遺贈」とは )

「清算型遺贈」とは、遺言書で遺言執行者を指定しておき、遺言者が亡くなった後、指定された遺言執行者が遺言者の相続財産を売却・換金して、換価代金を相続人または受遺者に遺贈するものです。

遺言執行者に指定された者の権限は非常に強力で、不動産等の売買契約を他の相続人の関与なしに行うことができます。法定相続人に代わって登記手続も行うことができます。預貯金の解約、貸金庫の開扉なども行うことができます。

清算型遺贈を生前にしておけば、遺言者が亡くなれば相続財産を現金に換えて、遺言書に定めた方に指定した相続分に応じて分配(相続)させることができます。清算型遺贈は相続人のいない高齢の方が、残された財産を慈善団体などに寄付 (「遺贈寄付」)する場合などによく用いられる方法です。


次に清算型遺贈の遺言書の記載例を見てみます。 今回は、相続財産が不動産のみの場合を想定しています。 預貯金、株、投資信託などの金融資産についても必要な場合は追加します。

< 清算型遺言書の記載例 >

    遺言書

第1条  遺言者は、遺言者の有する下記不動産を遺言執行者に換価処分させ、その換価により得られた金銭から不動産売却手数料、不動産登記費用、譲渡所得税その他当該換価に必要な一切の費用を控除した残金を遺言者の長男甲野太郎(平成〇年〇月〇日生)に4分の1、長女甲野花子(平成〇年〇月〇日生)に4分の2 相続させ、遺言者の甥山田太郎(平成〇年〇月〇日生)に4分の1 遺贈する。

    記

(不動産の表示)

所在  名古屋市瑞穂区〇〇町〇丁目
地番  〇〇番
地目  宅地
地積   123.45㎡

 (省略)

第2条 遺言者は遺言執行者として下記の者を指定する。

     記

遺言執行者  甲野太郎
住   所  ○○県〇○市〇〇町〇番地○
生年月日   平成〇年〇月〇日生 

※ 第2条の2項を設けて遺言執行者の権限を詳細に記載する場合があります。遺言執行者の権限は法定されていますので遺言書に書かなくても権限行使できますが、金融機関等での権限行使を円滑にするために、例えば貸金庫の開扉権限などを明示的に記載することが多いと思います。

具体的には次のような条項が考えられます。

第2条 2項

遺言執行者は、遺産につき調査・収集・管理の権限を有するほか、不動産について所有権移転登記手続等をする権限、預貯金債権、株式、債権、投資信託等の金融資産について名義変更・解約及び払戻し等をする権限、金銭を分配する権限、貸金庫があれば貸金庫の開扉、内容物の引取り、貸金庫契約の解約等をする権限、その他遺言を執行するために必要な一切の処分・手続・行為をする権限及び換価困難な財産を適宜無償にて処分する権限を有する。遺言執行者は、その権限の行使に当たり、他の相続人の同意は不要とする。

 


< 全財産を遺贈する場合の記載例 >

   遺言書

第1条 遺言者は遺言者の有する一切の財産を遺言執行者に換価処分させ、その換価により得られた金銭から不動産売却手数料、不動産登記費用、譲渡所得税その他当該換価に必要な一切の費用を控除した残金を遺言者の長男甲野太郎(平成〇年〇月〇日生)に4分の1、長女甲野花子(平成〇年〇月〇日生)に4分の2 相続させ、遺言者の甥山田太郎(平成〇年〇月〇日生)に4分の1 遺贈する。

(省略)

換価金より控除する費用について、上記に記載した他に「遺言者の債務 (介護施設の未払い代金、未払い入院費など)」、「公租公課」、「葬儀・埋葬代」などについても記載することができます。

次に清算型遺贈の注意点を見て行きます。


( 清算型遺贈の注意点 )

(1) 遺言執行者の権利と義務

遺言執行者の権限は相続法の改正によって強化されています。相続人の関与なく遺産の換価・清算を行うことができます。相続人の一部が遺言書の存在を知らなくても遺言執行者によって換価・清算作業は行われていきます。

相続人の中には、遺言書によって財産を一切相続できない方がいるかもしれません。知らない間に一連の手続が進行してしまうのです。相続人には相続財産に対して法律で定められた「遺留分」があります。その相続人の権利行使の機会を奪ってしまう恐れがあります。

このようなことにならないように法律は遺言執行者に強力な権限 (権利) とともに義務も定めています。それが、遺言執行者の相続人への「就任通知」義務です。遺言執行者は遺言者が亡くなって遺言執行者として就任する場合は、各相続人に対して就任通知を行うことが新たに義務化されました。就任通知には、通常、「遺言書の写し」「財産目録」を添付して行います。

これにより、万が一、相続手続について「蚊帳の外」に置かれた相続人に対しても情報提供されることになり権利保護が図られることになります。

このことを裏返せば、遺言執行者に指定された方は「就任通知」を行わなければならないということです。遺言執行者として弁護士や司法書士が指定されていれば、職務として行いますが、長男など相続人の1人を遺言執行者にして指定した場合は必ずしも適切に行われない恐れがあります。

遺言執行者に指定された相続人がより多くの相続分を承継する内容の遺言の場合、遺言書の写しを各相続人見せることにためらいが生じることがあります。しかし、この通知義務を怠れば違法行為となります。他の相続人から、それによって被害が発生すれば損害賠償請求を受けるリスクがあります。この点が注意点となります。


(2) 譲渡所得税が発生する場合に注意

相続財産である親の実家などの不動産を売却した場合、譲渡所得が発生することがあります。譲渡所得とは、簡単に言えば、不動産を入手したときの価格と売ったときの価格の差額ということになります。この差額(利益)に対して課税されるものが譲渡所得税です。

親の実家を遺言執行者が売却する場合、次のような手順で行います。

遺言執行者は、亡くなった親名義の不動産について各相続人名義で「相続登記」を行います。亡くなった親名義の不動産を直接第三者に売却することはできませんので、一旦、相続人名義に相続登記を行います。

例えば、山田さん名義の自宅について、相続人が長女、長男、次男の3人であった場合、一旦、相続登記として「長女1/3、長男1/3、次男1/3」の共有登記を行います。この相続登記は遺言執行者が単独で行うことができます。

このようにして相続人名義となった不動産を遺言執行者が第三者に売却することになるのです。そのため、仮に売却によって譲渡所得が発生した場合、利益 (譲渡所得) の主体は3人の相続人のように見えてしまいます。

そのため、税務当局は3人の相続人に対して譲渡所得税の納付請求を行うことになります。仮に次男が今回の相続で何も相続するものがない場合でも税金だけ請求されることになります。

このようなことにならないためには、遺言書で譲渡所得税については遺産の中から必要経費として支払う旨を定めておく必要があります。(お示しした遺言書の記載例には定めてあります。)


(3) 遺産から控除できる費用についてはできるだけ詳しく書いておく

遺産から控除できる費用には色々なものが考えられます。不動産業者に支払う売却手数料、司法書士に支払う登記費用など色々あります。この点については考えられるケースは網羅的に明記しておいた方が良いと思います。

不十分な書き方の場合、どこまでが必要経費として処理して良いか揉めてしまうからです。遺言執行者が勝手に必要経費として控除してしまうかもしれません。葬儀代などについても含めるのかどうか、戒名の費用はどうするのかなど考慮点は多いと思います。遺言執行者も必要な費用は領収書を開示するなどして相続人に説明する必要があります。

(まとめ)


清算型遺贈は誰を遺言執行者に指定するかが重要になります。法律の専門家を指定することも多いと思いますが、相続人の中から指定することも多いと思います。その場合は、十分信頼のおける方を指定する必要があります。

相続人の中には不動産売買の経験がない等の理由で遺言執行者になることを敬遠することがあります。しかし、遺言執行の実務は指定された方が自分でできなくても専門家に依頼 (委任) すれば良い話です。親族の中で誠実な方を選ばれた方が良いと思います。

法律の専門家を遺言執行者として予め遺言書に指定する場合は、報酬の定め方に注意が必要となります。通常、遺言書の中で「報酬は相続財産の○%」等と記載されることが多いと思います。「ぼったくり」的な定め方をされないように世間相場も十分見ておく必要があります。

清算型遺贈を検討される場合は、遺言に詳しい弁護士や司法書士に相談下さい。

 

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