自筆の遺言書をパソコンで作成できるよう法改正が検討されています
「自筆証書遺言」は本人が全文を自署した上で署名捺印が必要となっています。平成30年の民法改正で「財産の一覧を示す目録」についてはパソコンなどでの作成が認められるようになりました。しかし、本文は本人が手書きで自署することが定められています。
デジタル機器の普及や高齢者でもパソコンを使いこなす人が増える中、自筆証書遺言もパソコンでの作成を解禁すべきであるという議論がされてきました。遺産相続に関する紛争を未然に防止し円滑な相続手続を行うために「遺言書」の作成はより簡便に行えるようにする必要があるからです。
政府も令和4年度より事前の検討を開始していましたが、令和5年6月16日付の「規制改革実施計画」の中で具体的な実施計画が明記され閣議決定されました。
自筆証書遺言に関する「規制改革実行計画」中の該当部分は次のとおり書かれています。
『法務省は、現行の自筆証書遺言と同程度の信頼性が確保される遺言を簡便に作成できるような新たな方式を設けることについて、令和4年度の基礎的な調査の結果等を踏まえ、我が国の実情に即した制度の検討に資するものとして、自筆証書遺言のデジタル化を進めている国等の法制及び同国で活用されているデジタル技術等について、更に掘り下げた調査を実施した上で、検討を進める。』
具体的なことは何も明記されていませんが、実施方針が示されたことから、これを「錦の御旗」として実施内容(案)が詰められていくと思います。
( 想定される改正内容 )
現在の手書きの遺言書に加えて、パソコンやスマホなど使った遺言書の作成も認める方針のようです。但し、デジタル機器を使えば遺言書自体の作成は容易になるものの、偽造変造のリスクがあるため、セキュリティ対策をどのように定めるかがポイントになります。
本人が自署する現状の自筆証書遺言でも偽造変造されるリスクはあります。実際に裁判になっている事例もあります。規制改革実施計画では、「現行の自筆証書と同程度の信頼性」を確保するとしていますので、高度なセキュリティ管理が要求されるものではないと思います。
そのため、遺言者本人の真意の確認や偽造変造防止のため、電子文書にはマイナンバーカードなどによる「電子署名」の活用が考えられます。電子文書を紙に出力した場合は、署名は自署し印を押すなどの方法が考えられます。
同居の家族などが本人を誘導して同居の家族に有利となる遺言書を書かせる場合があります。現行の自筆で書く必要がある場合は、このような行為は簡単にはできません。本人を誘導して書かせることは簡単ではないからです。
今回の検討の中では、パソコンなどの入力行為を家族に認めるかどうかが焦点になります。本人から口頭で聞いた内容を家族がパソコンに入力して遺言書を作成する方法を認めるかどうかです(遺言書の代理入力)。 この場合、本人が入力したものか家族などの第三者が入力したものかを明記するかどうかも決める必要があります。
ところで、電子文書の場合、家族が作成して本人の電子署名をすれば簡単に作成できます。紙に出力した場合も署名だけさせれば簡単に遺言書が完成します。高齢の親の電子署名のパスワードや印鑑の所在は同居の家族であれば把握していることが多いからです。
この点をどのように防止するかも焦点の1つになると思います。規制改革実施計画では、先行している諸外国の制度を調査するとしています。遺言書の作成風景をビデオ撮影して本人意思を明確にしておく方法も考えられます。
( 今後の展開 )
法務省は近く有識者会議を設け、民法を改正するための議論を本格化させます。有識者会議の議論を経て、法務大臣の諮問機関である法制審議会で議論する段取りになります。改正が行われるまでには数年は必要かもしれません。
(まとめ)
パソコンなどの電子機器で作成した遺言書の場合、作成は簡単になるものの本当に本人の意思に沿っている内容なのかが非常に重要になります。家族などが勝手に作成していないかどうかで争いが起きることが予想されます。
「高齢で少し認知症気味の父がパソコン入力できるわけがない」「電子署名のパスワードは同居の家族が知っていた」「署名は家族が書かせたものだ」等として遺言の無効確認訴訟が増えてしまう恐れもあります。
この辺りも当然議論の中心になると思いますので争いが起きないような制度設計を検討してもらいたいと思います。