「遺言」で遺言者の「生命保険金」を受け取った相続人と受け取らない相続人を公平にするにはどうしたら良いですか
遺言者が多額の生命保険を掛けており、その受取人が親族 ( 推定相続人 ) の1人である場合、その親族と他の親族が公平に遺産相続ができるように遺言書を作成しておきたい場合があります。しかし、生命保険金は遺言者の遺産ではないため遺言書に書いても意味がないと聞いたことがあります。生命保険金以外の財産の分け方を遺言書に書いた場合、相続人間の公平性が保てるかどうか悩むことになります。遺言書にはどのように書いたら良いのでしょうか。
( 生命保険金は遺産 (相続財産) に含まれないとは )
遺言者が掛けていた生命保険金の死亡保険金受取り請求権は、保険契約で保険金受取人と指定された者の「固有の権利」であるとされています。遺言者が掛けていた生命保険契約に基づいて保険金受取人が受け取る権利ということです。
ポイントは生命保険と言う契約から発生した権利であって、遺言者の死亡によって遺言者の遺産 (相続財産) として発生するものでないということです。つまり、生命保険金は遺産には含まれないということです。そのため、遺言者が遺言でその処分方法を指定することはできないのです。
( 相続関係が不公平になるケース )
例えば、父親が亡くなって相続人が長男、長女、次男の3人のケースで考えて見ます。父親の遺産として、自宅不動産 (3,000万円) と 預貯金 (2,000万円) があるとします。生前に父親が長男を受取人として生命保険5,000万円を掛けていたとすると、長男は遺産相続とは別に5,000万円を受け取ることになります。
相続財産である自宅と預貯金 (合計5,000万円) を子供3人で公平に分けたとしても不公平感が残ります。これは、生命保険金が相続財産ではないことからこのような結論になります。父親による遺言書が作成されていない場合は、子供3人で「遺産分割協議」をして相続方法を協議することになりますが、長男が取得する生命保険金は協議の対象外になります。
( 遺言書を作成して公平にするにはどうしたら良いか )
父親としては、このような不公平感のある状況は避けたいと考えて、遺言書を作成して3人の子供をできるだけ公平にしたい場合どうすれば良いでしょうか。
単純な方法としては、遺言書で「自宅は長女に相続させ、預貯金は次男に相続させる。長男の相続分はない。 」と書けば、ある程度の公平性は保たれます。長男5,000万円、長女3,000万円、次男2,000万円と取得できる財産に差異は生じますが、遺言書が作成されていない場合に比べれは公平性は改善します。
しかし、問題は単純には解決しません。長男には父親の相続財産に対する「遺留分」があります。長男が父親の書いた「長男の取り分ゼロ」の遺言に不満がある場合、遺留分の請求を長女や次男に対して行うことができます。
今回の例で言えば、亡くなった父親の遺産5,000万円の1/6 ( 長男の遺留分割合 1/3×1/2 )である833万円は長男が現金で請求できることになります。
このようなことになる可能性がある場合、遺言書を書こうとする父親としても遺言書の作成を躊躇することになります。
( 生命保険金は「特別受益」にならないか )
「特別受益」とは、相続人の中に、被相続人 (亡くなった父親) から遺贈や生前贈与によって特別の利益を受けた者がいる場合に、その相続人の受けた贈与等の利益のことを言います。
そして、特別受益については「特別受益の持ち戻し」という取扱いができます。特別受益の持ち戻しとは、特別受益と認められる生前贈与などがあった場合、遺産分割時にその特別受益も遺産に含めることができるということです。簡単に言えば、特別受益を遺産としてカウントできるということです。
この「特別受益の持ち戻し」を使って、生命保険金を遺産に含めることができれば、遺言書を作成するなどの小細工を考える必要はないのです。長男の受け取った5,000万円を父親の遺産5,000万円 (自宅と預貯金 ) に含めて、合計1億円の遺産として公平に分割すれば良いからです。
しかし、過去の裁判例では生命保険金は、先ほども述べたように、原則として「特別受益」とは認められていません。生命保険金は保険契約に基づいて発生する受取人の固有の権利であるため特別受益性は認められないとされています。
( 特別受益性が認められることもある )
過去の裁判例の中には、例外的に、保険金請求権に特別受益性を認めたものがあります。これは、保険金受取人である相続人と他の相続人の不公平感が到底是認することのできないほど著しいものであると評価できる「特別の事情」がある場合には、特別受益に該当し、特別受益の持ち戻しの対象になるとしています。
この「特別の事情」については、保険金の額、この遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなど保険金受取人及び他の相続人と被相続人の関係、各相続人の生活実態などの諸般の事情を総合的に考慮して判断するとしています。
具体的な事例としては、死亡保険金の額が遺産に匹敵する場合やこれを上回るケースの場合は、特別受益性が認められやすくなると思われます。また、婚姻期間が短い妻が遺産総額の6割にあたる死亡保険金を受け取ったケースでも特別受益性が認められています。
今回のケースでは、死亡保険金の額が遺産と同じですので特別受益性が認められやすくなると思われます。
( 今回の事例に対する解決方法 )
今回の事例に対する解決方法としては、次のような方法が考えられます。
(1) 長男をゼロとする遺言書を作成する。
長男からの遺留分請求の可能性はありますが、請求できる金額は長男の法定相続分の1/2ですので、遺言書がない場合に比べて長男の法定相続分の半分は少なくできる。
(2) 遺言書は作成しないで子供3人で遺産分割協議を行う。
長男の生命保険金分を特別受益であると主張して特別受益の持ち戻しを主張する。持ち戻した結果、相続財産1億円をベースにして遺産分割協議を行う。但し、長男が特別受益性を争う場合は裁判闘争になるため紛争が長期化する恐れがあります。
( 遺言書を作成する場合のさらなる善後策 )
遺言書を作成して対応する場合、長男が遺留分を請求しない可能性もあります。また、仮に遺留分が請求されても請求額が法定相続分の1/2で済みます。
通常、長男の相続分をゼロとするような遺言書を作成する場合は、遺言書の最後に「付言事項」として、相続分をゼロにした理由を丁寧に書いておきます。今回の事例で言えば、長男には多額の生命保険金が入ることを書いておきます。そして、このような理由であるから遺留分の請求はしないようにと書いておきます。もちろん、付言事項には法的な効力はあませんが、長男が趣旨を理解してくれれば遺留分請求をしないかもしれません。
さらに、長男の日頃の態度から、このような方法では解決が難しいと判断される場合は、遺言書で生命保険金の受取人を変更することもできます。この点も1つの選択肢として考えられます。
( まとめ )
生命保険を活用した相続対策は広く行われています。しかし、野放図に行うと相続人間で遺産の相続で不公平な状態になる場合があります。生命保険を活用する場合は、各相続人間の公平性にも十分配慮して行うことが必要です。
生命保険金は金額が高額になる場合があります。そのため相続人間の公平性が保てないことが起こり得ますので十分に注意してもらいたいと思います。