「死亡保険金」の受取人を遺言で「妻」から「愛人」に変更できますか
夫婦仲が良かった頃、自分に万が一のことがあった場合に備えて死亡保険に入ることが多いと思います。多くの場合、夫を被保険者とする生命保険を契約して受取人は妻とすることが多いと思います。夫婦仲が良かった頃は何の問題もなかった生命保険ですが、夫婦仲が悪くなり別居するようになると生命保険の目的に疑問が生じてきます。夫婦仲が悪くなり別居状態になった原因が夫の愛人の存在にある場合は深刻な問題になります。

夫婦が離婚せずに別居状態にある理由は色々あると思います。妻としては「自分に落ち度がない以上別れるわけにはいかない」と意地を張る場合もあります。しかし、ある程度の年齢を重ねていれば、夫の相続財産についても考えることになります。妻として貰えるものは全て相続して愛人には1円もあげたくないという気持ちが強くなります。そのため離婚には応じないのです。
ところで、夫としても愛情の冷めた妻のために多額の生命保険をこのまま継続することには疑問がでてきます。解約することや受取人を愛人に変更することも考えられます。しかし、夫がこれらの手続きをすれば、保険会社から妻のいる自宅に解約や契約変更のお知らせが届きます。妻がそれを見ても構わない場合は良いのですが、夫としてはできるだけ波風を避けたいと考えることがあります。このとき遺言で生命保険の受取人を変更できないかと思い付くことがあります。
受取人が妻名義の生命保険をこのまま掛け続けておいて、自分が亡くなったときは遺言書の定めにより受取人を愛人に変更するという方法です。これならば、生前には知られることなく保険契約を継続できることになります。
今回は、このようなことが遺言書でできるのか見て行くことにします。

( 遺言書で生命保険の受取人を変更できるのか )
遺言書に書いて法的な効力のある事柄は法定されています。遺言書に書いておけば何でも実現できるものではありません。例えば、遺言書に「葬儀は家族葬ではなく一般参列者を含め盛大にやること」とか「遺骨は海にまいてくれ」とか「次男は長男に遺留分の請求をしないこと」などと書くことは自由です。しかし、これらの事柄は遺言書に書いて法的な効力のある事柄ではありません。それに応じるかどうかは相続人の判断になります。
一方、「自宅不動産は長女に相続させる」「祭祀承継者は長男とする。」「自分と○○との間にできた○○は自分の子であるので認知する」などの遺言は法的な効力のある事柄となります。こちらは法的な効力がありますので遺言書の内容通りに実現されることになります。つまり、実現することが相続人の法的な義務となります。
問題は「生命保険の受取人の変更」がこれらの法的な効力のある遺言事項に該当するかどうかということです。この点については、平成22年に成立した保険法により遺言により生命保険金の受取人が変更できると明定されました。つまり、法的な効力のある事柄に該当するということになります。

但し、保険法のこの規定は「任意規定」とされています。任意規定とは「強行規定」と対比される言葉です。強行規定は、契約当事者などの判断で勝手にその定めに依らないことができない定めです。これに対して、任意規定は当事者の判断でその定めに依らないこともできるものです。法律は一応規定を定めてはいるが、当事者にとって都合が悪ければ別の定め方をしても良いというものです。
そのため、保険会社と契約者の間で結ぶ生命保険契約の「約款」に特別の定めがされている場合は、その定めに依ることになります。保険の契約加入者としては、保険契約の約款まで読んで理解する人はいないと思います。しかし、その中に書かれていれば、それが契約内容を拘束することになります。
「遺言書で受取人を変更できるか」の問いに対する答えは、まず保険契約の「約款」を確認するということになります。そこに何も定めがない場合や、受取人の変更を認める旨があれば遺言書で受取人を変更できることになります。

( 遺言書によって受取人を変更する場合の条件はあるか )
遺言による保険金受取人の変更は、その遺言が効力を生じたのち、保険契約者の相続人がその旨を保険会社に通知する必要があります。通知しなければ保険会社に対抗できないとされています。つまり、効力が生じないことになります。
遺言者が亡くなった後の相続人は妻やその子です。保険会社への通知は相続人の1人から行えば良いことになります。しかし、相続人である妻やその子は、好き好んで通知をすることはないと思います。亡き夫の愛人は相続人ではありませんので通知はできません。
このようなことから、遺言書を作成する場合、公正証書遺言などの専門家が作成する遺言書の場合は、通常、「遺言執行者」の定めを設けることになります。遺言執行者は遺言の執行のために必要な一切の行為を行うことができる者のことです。当然、保険会社への通知もできます。
遺言執行者を愛人と定めておけば、愛人自ら保険会社に通知をすれば良いことになります。亡き夫の愛人が遺言の執行において亡き夫の相続人などと接触したくない場合は、弁護士や司法書士などの法律の専門家を遺言執行者に指名しておくことも多いと思います。

( 妻としての対抗策はないのか )
このようなことから、残された本妻の立場は保険金の受取に関しては弱いことになります。亡き夫に多額の生命保険金が掛けられていたとしても保険金は愛人のもとに渡ることになります。
仮に、愛人と元夫との間に子ができていて、その子を受取人にしたような場合は、その子は亡き夫の相続人の1人であるため「特別受益による持ち戻し」や「遺留分侵害」など法的な対抗措置を検討する余地があります。
しかし、愛人は亡き夫の相続人ではないため特別受益の生じる余地はありません。また、死亡保険金の受取人の変更は遺贈または贈与にあたらないため、遺留分侵害にも当たらないとする最高裁判例があります。
この判例によれば、死亡保険金の請求権は保険契約者の払い込んだ保険料と対価関係に立つものではなく、実質的に保険契約者または被保険者の財産に属していたものと見ることはできないこと等から、死亡保険金の受取人を変更する行為は贈与又は遺贈にあたらないとしています。
それでは、全く対抗策がないかと言えば、夫が存命中であれば手はあります。次はそれについて見て行きます。

( 生命保険契約の保険契約者を変更する )
夫が「被保険者」であり「保険契約者」でもある生命保険について、保険契約者を夫から妻に変更しておくのです。
保険契約には、3人の登場人物と保険会社が必要です。1人目の登場人物が「保険契約者」です。生命保険を保険会社と契約する人です。次に「被保険者」です。被保険者は保険事故の対象者です。生命保険の保険事故は被保険者の死亡です。最後は今回問題になっている「受取人」です。
このうち、「保険契約者」の名義を「夫」から「妻」に変更するのです。こうすれば、保険金の受取人を勝手に夫が変更することができなくなります。遺言書による変更もできなくなります。
但し、保険契約者の変更には、被保険者である夫の同意が必要になります。夫の意に反してはできません。そのため、夫婦仲が悪くなって別居する話になったら、1つの条件として、夫の同意を取ることも考えられます。
また、夫婦仲が悪くなりそうな段階で、保険契約者の名義を夫の了解を得て変更しておくことも良いかもしれません。保険契約者の名義を確保しておけば、勝手に受取人を変えることができなくなります。

( まとめ )
夫婦仲が悪くなって、愛人と別居という問題を取り上げました。あまりよろしくない話ですが、世の中には色々な夫婦関係があります。そんな中で、生命保険金と言う高額の金銭が発生する問題については意識しておく必要があります。
今回見てきたように夫が遺言で生命保険の受取人を変更してしまうと妻にとって対応策がなく泣き寝入りする可能性が高くなります。対策としては事前の対策が有効ですので必要な場合はご検討ください。