高齢者の認知症対策として「家族信託」と「後見制度」はどのような違いがあるのですか

高齢者が認知症になったとき、保有している財産の管理が本人自身では難しくなる場合があります。また、高齢者を狙った詐欺の被害にあって多額の財産を失ってしまうリスクもあります。このようなことにならないための方策として「後見制度」の活用があります。また、最近は「家族信託」などを組成して対応することも多くなりました。

高齢者の認知症対策としてこれらの制度を活用する場合、その違いを理解したうえで制度の選択をすることが必要になります。そこで、今回はこれらの制度の違いについて見ていきたいと思います。


( 「後見制度」の簡単な内容  )

後見制度には、「法定後見」と「任意後見」があります。

まず、「法定後見」から見ていきます。法定後見は単に後見と言われることもあります。法定後見には、「後見」「保佐」「補助」の高齢者の認識能力の低下のレベルに応じた区別があります。

「後見」が認識レベルの低下がもっと進んだ場合です。未成年者の保護を目的とした制度に「未成年後見」という制度がありますが、これと対比する意味で、後見のことを通常「成年後見」と呼んでいます。

高齢者の認知症対策として後見制度を活用する場合、大半のケースで「成年後見」の活用となりますので、後見とは成年後見のことであることを前提に話を進めます。


成年後見は、高齢者が認知症を発症して判断能力が低下し、自分の保有する財産管理を行うことが難しくなった場合、親族などが家庭裁判所に申し立てをして、高齢者のために「成年後見人」を選任してもらうことにより開始します。

成年後見人は家庭裁判所が選任しますが、司法書士などの専門家が選任されることが多くなっています。最近は家族などの親族が成年後見人に選任されることも多くなりましたが、希望通りにはいかない場合があります。

選任された成年後見人は、高齢者の全財産を高齢者の法定代理人の立場で管理します。このことを高齢者の「財産管理」を行うといいます。また、本人の生活を維持するための事務や療養看護に関する契約の締結などを行います。このことを高齢者の「身上監護」を行うといいます。身上監護というと高齢者の日々の世話をイメージしますが、法律上の身上監護という意味です。介護などの物理的な行為は含まれません。あくまで介護施設への入所契約の締結などの契約行為が中心となります。


次に「任意後見」について見ていきます。任意後見は高齢者が元気なうちに、将来自分が認知症になった場合を想定して、家族などの信頼のおける方と「任意後見契約」を締結することによって行います。

但し、任意後見契約を締結しただけでは、本人はまだ達者ですので、後見が開始されません。任意後見契約を締結した後も、高齢者は従来と同じようにすべてのことを自分で行うことができます。

後見の開始は、高齢者が認知症になったとき親族などが家庭裁判所に「後見開始の審判」を申し立て、家庭裁判所が「後見監督人」を選任することによって開始します。後見監督人は司法書士などの専門家が多くの場合選任されます。

任意後見の場合、後見人は本人と任意後見契約を締結した家族 (例えば、娘) が就任します。つまり、本人が指名した者が後見人になります。就任した家族は任意後見人として本人の財産管理や身上監護を行います。行使できる権限は任意後見契約で定めた範囲です。

なお任意後見の場合、任意後見人の後見活動を監督するために後見監督人が置かれています。任意後見人は後見活動について後見監督人の監督を受けることになります。具体的には、活動内容を書面化などして定期的に後見監督人に報告することになります。


(「法定後見」と「任意後見」の違い )

次に法定後見と任意後見の違いについて見ていきます。

<後見人の指名>

法定後見は、高齢者本人が認知症を発症した後に事後対策として行うものです。これに対して、任意後見は本人が元気なうちに事前対策として行うものです。選任される後見人は、法定後見の場合は家庭裁判所が指名しますが、任意後見の場合は本人が契約で指名します。

その結果、司法書士などの専門家である成年後見人が選任されれば報酬の支払いが発生します。任意後見人の場合は家族などの親族を任意後見人に指名すれば無報酬というこも可能になります。

<後見の開始時期>

法定後見の場合は、成年後見人が選任された時点から後見が開始されます。一方、任意後見の場合は、任意後見契約を締結しただけでは後見は開始しません。本人が認知症を発症して家庭裁判所から後見監督人が選任されて初めて開始します。任意後見の場合、本人が認知症を発症することなく生涯を終えれば、後見が開始されることなく終了することになります。

このことから、任意後見契約は本人が元気なうちでないと契約できません。認知症を発症してからでは契約行為ができないため、任意後見契約を締結することは難しくなります。

<財産管理>

財産管理の面では、成年後見人は本人の全財産を管理します。任意後見の場合は、任意後見契約で定めた財産についてのみ管理します。つまり、契約の範囲内の財産管理という制約が付きます。

成年後見人による財産管理は、本人の包括的な代理人という立場で行います。ある意味、オールマイティ的な権限が成年後見人に与えられています。勿論、自宅の売却などの重要な行為には、都度、家庭裁判所の許可が必要になります。しかし、日常の範囲内のことは何でもできることになります。法律的に言えば「代理権」「取消権」が行使できるということです。高齢者が詐欺の被害にあった場合は、本人に代わって取り消すこともできます。

一方、任意後見の場合は、財産管理の範囲や権限は成年後見に比べて狭くなります。任意後見人は任意後見契約で定めた範囲内でのみ代理権を行使することができます。この定め方が狭いと代理権の範囲が狭くなります。また、「取消権」は認められていません。高齢者が詐欺にあった場合の対応が難しくなります。

<財産の使途>

成年後見の場合、高齢者の保有する財産の管理は、「本人の利益のため」にのみ行うことができます。成年後見制度の目的は本人の保護が目的だからです。このことは、本人の家族と財産管理を巡って軋轢が生じ易くなります。

例えば、本人(被後見人)の財産を使って「家族旅行の計画」「孫の入学祝」、「子供の入学費用」、「子供の新築祝い」などを行おうとした場合、専門職の成年後見人からお金が出ない場合があります。専門職の成年後見人としては、本人の直接の利益とならない出費は極力拒否する可能性が高いからです。

一方、任意後見の場合は、後見人が家族ということもありますが、任意後見契約に出費の範囲を広範に定めておけば出費することが可能となります。任意後見の場合は、全て、任意後見契約書が縛りとなりますので、契約の定め方次第ということになります。


( 認知症対策としての「家族信託」の概要 )

認知症対策として家族信託を活用する場合は、高齢者が元気なうちに財産管理を任せられる家族 (例えば、長男) などの親族との間で「民事信託契約」を締結します。(家族信託は法律上は民事信託と言います。)  家族信託は、この民事信託契約の定めに従って運用されることになります。

財産を保有している高齢者のことを「委託者」と言います。息子など高齢者の財産の管理を任される者のことを「受託者」と言います。委託者から受託者に財産管理を任せることを「信託」と言います。また、この財産のことを「信託財産」と言います。受託者が信託財産を管理・運用して利益が出た場合、これを享受する者を「受益者」と言います。受益者は委託者を兼ねても良いことになっています。

これにより、家族信託とは、委託者の信託財産を受託者に信託して、得られた利益を受益者に還元する仕組みということになります。委託者は高齢者、受託者は息子など、受益者は高齢者ということです。

この仕組みを使って、高齢者の認知症対策に活用します。例えば、高齢の父親が賃貸マンションを経営していたとします。将来、認知症になった場合、マンション経営が難しくなります。そのことに備えるために、息子と民事信託契約を締結して信託を組成するのです。

民事信託契約の中で、父親を委託者、息子を受託者、賃貸マンションや一定の金銭を信託財産、父親を受益者と定めます。これにより、父親が元気なうちから賃貸マンションの名義を息子に移して息子が賃貸マンションの経営を行うことになります。得られた賃料収入は管理コストを控除して父親に還元します。息子の報酬は無報酬でも可能となります。

家族信託を活用すれば、将来、父親が認知症を発症しても息子が継続して親の財産を管理していくことになりますので有効な対策になるということです。

 


(「家族信託」と「後見制度」との違い )

家族信託と成年後見や任意後見は、法律上の権限の根拠や範囲、出来ることと出来ないことなどに違いがあります。

後見制度は、本人の財産管理と身上監護を目的に行いますが、家族信託には身上監護という考え方はありません。あくまでも信託財産の管理や運用を行って利益を還元することを目的に行います。

そのため、本人が介護施設に入所する必要があり、介護施設と入所契約を締結する必要があるとき、後見人は身上監護としてこれを行うことができますが、家族信託の受託者にはそのような権限は認められていません。当然、詐欺被害にあった高齢者の契約の取り消し行為をすることもできません。

家族信託の開始は本人が元気なうちから開始することができます。息子にマンション管理を任せても本人は息子にマンション経営のノウハウを順次伝授していくことができます。一方の後見制度は、本んが認知症になった後にしか開始しません。後見が開始した段階で本人は認知症を発症しているということです。

財産の管理範囲は、家族信託と任意後見は契約に定めた範囲内ということになりますが、成年後見は高齢者の財産全てとなります。

資金の使途は、家族信託の場合は、信託契約に定めた「信託の目的」に沿うものであれば受託者の判断で使うことができます。後見の場合は、前述のように一定の制約があることになります。


(まとめ)

高齢者の認知症対策として「家族信託」と「後見制度」の違いについて見てきました。成年後見制度は、全ての内容が法律で縛られていますので私人が勝手に変更することはできません。法律の定めに従って活用することになります。

一方、任意後見や家族信託は当事者間の契約で定めたことがベースとなります。任意後見は後見である以上、一定の法律上の制約が発生しますが、家族信託は比較的自由に契約内容を設定することが出ます。

しかし、家族信託には身上監護をする権限はありません。高齢者本人の身上監護が必要な場合は、別途、後見制度を利用する必要があります。つまり、家族信託と成年後見を併用する場合があるということです。

これらの制度を活用したい場合は、専門家である司法書士などに相談されることをお勧めします。

 

 

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