遺言書に「いらない不動産」について「相続させる」と書いてあったら、どうしたら良いですか

父親が亡くなり、遺言書に「田舎の土地建物は長男に相続させる」という趣旨で書かれていたとします。長男は父親名義の田舎の土地建物に全く興味がありません。この場合、遺言書に書かれていたら、必ず相続しなければいけないのでしょうか。


遺言書は遺言者の最終の意思です。そのため、できる限り尊重されるべきものです。しかし、相続人にとって「いらないもの」を無理やり相続させて良いかどうかについては疑問が生じます。

遺言書によって特定の財産を相続することになった相続人が、その取得を望まない場合、相続人が遺言書に反してその財産を取得しないことを「遺言の利益の放棄」といいます。

この種の法律用語でよく耳にする言葉に「相続の放棄」があります。相続の放棄との違いは、相続の放棄が全ての遺産について放棄するのに対して、この「遺言の利益の放棄」は遺言書で指定された財産だけ放棄するものです。

問題は、この「遺言の利益の放棄」が一般的に認められるかどうかです。


( 「遺言の利益の放棄」が認められるか否かについて )

この問題に対する確立した考え(判例など)はありません。しかし、実務上は、他の相続人全員が遺言により相続させるとされた財産を遺産分割の対象財産とする合意があれば、例外的に遺言の利益の放棄を認め、遺言書と異なる方法で遺産分割協議ができるとされています。

つまり、長男以外の相続人(例えば母や妹など)が田舎の土地建物を誰が相続するか話し合いに応じても良いとする場合は、相続人全員で田舎の土地の遺産分割協議を行い誰が相続するか協議することができます。話し合いの結果、妹が相続することになれば妹が相続することになります。但し、話し合いに応じてもらえなければ長男が相続することになります。

なお、この実務上の取り扱いは、確立した裁判例がないため、裁判で争った場合の結果を保証できるものではありません。


(「相続させる」と「遺贈する」の違いについて )

今回の話は遺言書に「相続させる」と書いた場合の話ですが、遺言書の書き方として「遺贈する」と書く場合もあります。「相続させる」と書くには相手が相続人である必要があります。第三者に相続させることはできないからです。一方、「遺贈する」には制限がありません。相続人に対してもそれ以外の方に対しても使用できます。

ところで、遺贈と書かれた場合は、「遺贈の放棄」が法律で認められています。今回の事例で遺言書に「田舎の土地建物を長男に遺贈する」と書かれていれば、長男は「遺贈の放棄」を行って田舎の土地建物を相続しないことができます。

一方「相続させる」と書いてあると「遺言の利益の放棄」となり、法律上の定めがないため、簡単には放棄ができないことになります。法律で定められているのは「相続の放棄」だけですので、これを使うと全ての財産について放棄することになります。それで結果が良ければ問題ないのですが、他の財産が欲しい場合は相続放棄はできません。


( 今回の問題の背景 ) ※ここからは少し専門的な話しです。

今回の事例のように特定の財産を特定の相続人に「相続させる」と書いた遺言書のことを「特定財産承継遺言」といいます。特定の相続人に対して、特定の相続財産を「相続させる」旨の遺言については、遺産分割方法を定めたものであるとされています。(この考え方は確立された判例理論です。) 

つまり、その遺言された財産については遺産分割の話し合いをする余地はないということです。結果として、「遺言の利益の放棄」をする余地もないことになります。

「特定財産承継遺言」は遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と理解すべき特段の事情がない限り、特定の財産を指定された相続人に相続させる趣旨と考えるべきとされています。

つまり、その相続による承継について相続人の承諾を必要とする等、特段の事情のない限り、何らの行為を要しないで、その財産は、遺言者の死亡の時に直ちに相続により承継されると考えられています。

「相続させる」と書かれた財産は、遺言者が亡くなった瞬間に遺言で指定された相続人の所有になるとするものです。その結果、その間に遺産分割協議や放棄などの介入する余地はないと考えられています。

但し、このように考えると本事例のように、「いらないもの」まで相続を押し付けられてしまうため何とかならないかと色々と知恵を働かせているのです。


( 「遺言の利益の放棄」に関する色々な考え方 ) ※専門的な話の続きです。

遺言の利益の放棄ができるかどうかについて学者の間でも議論がなされています。現実に発生する問題を解決するためには「放棄を認める」とするものや確立された判例理論に忠実に「放棄を認めない」ものもあります。

今回実務上の取り扱いとして紹介したものは、「一定の条件下で放棄を認める」という考え方によっています。この考え方によれば、相続人の一方的な意思表示だけでは「遺言利益の放棄」はできないが、全ての相続人の合意が得られれば遺言と異なる方法で遺産分割協議を行うことも可能とするものです。

実務上の取り扱いとしては、「放棄を認めない」とするものに従った方が安全かもしれません。但し、「一定の条件下で放棄を認める」とするものは、過去の裁判でその可能性を示唆したものがあります。


( 現実的な対応方法 )

遺言書にいらない不動産について相続させると書いてあった場合、それ以外の財産も含めて放棄できるのあれば、「相続放棄」を選択することも可能です。

また、一旦相続して「処分」することも検討すべきかもしれません。市場価値のある物件であれば、一旦相続して不動産会社を通じて売却すれば良いと思います。

また、令和5年4月27日より施行されている「相続土地国庫帰属制度」を活用して「いらない土地」を国に引き取ってもらうことも検討すべきかもしれません。

「他の相続人全員の同意」が得られるのであれば、遺言書の指定を無視して相続人全員で遺産分割協議を行うことも選択肢になります。実務上、確立した裏付けはありませんが、相続人全員が同意している以上、後々、裁判などで争いになる恐れは少ないと思います。選択肢の1つになると思います。

(まとめ)

遺言書を書く人

遺言者が特定財産を特定の相続人に「相続させる」と書くと、その法的な効果は強力なものとなります。相続人として「不要な財産」であっても、原則的には、相続することになります。

他の相続人全員の同意を取り付ければ回避する道もないではありませんが、効果を明確に保証できるものとは言いきれません。

遺言書を作成する場合は、相続人の意向を予め確認しておいた方が良いと思います。遺言書によって無用なトラブルを生じさせないようにすることも遺言者の責任かもしれません。

 

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