相続財産のうち「現金」はどのように相続するのですか
親が亡くなり相続が開始したとき相続財産の中に「現金」が含まれていることがあります。財布の中身程度の現金であれば悩むことはないのですが、金庫を開けたら2,000万円入っていたような場合が問題となります。ゼロ金利の時代が長く続いていたので「タンス預金」されている場合も多いのです。

現金は法定相続分に応して各相続人に「当然に分割される」と考えるのか、他の相続財産も含めた財産全体について相続人全員で「遺産分割協議」を行って分割方法を決めるのが良いか迷うことになります。
例えば、父親が亡くなり相続人が母親と長男、長女であったとします。自宅にあった耐火金庫を開けたら中に2,000万円の現金が入っていたとします。長男は商売をしているが現在上手くいっていません。期近の仕入れ代金の返済が迫っていたことから、この現金2,000万円のうち自分の法定相続分 (全体の1/4) である500万円だけとりあえずもらいたいと主張しています。このような主張が認められるかどうかという問題です。(もちろん、相続人間に争いがなければ、どのように処理しても良いと思います。)
この問題を考えるにあたって、まず、前提知識として必要となる「可分債権」の相続方法について見てみます。

( 「可分債権」の相続方法について )
「可分債権」とは性質上分割可能な債権のことをいいます。例えば、人にお金を貸した「貸金債権」や事故を起こしたことにより発生する「損害賠償債権」などがあります。100万円の貸金債権であれば、50万円づつ2つの債権に分割することは計算上簡単にできます。このように簡単に分割することのできる債権のことを「可分債権」といいます。
そして、「可分債権」の相続方法については、昭和29年最高裁判所によって次のような重要な判断がなされています。
『 相続人が数人いる場合において、相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は、法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する 』
このように判断されていますので、貸金債権などの可分債権は法定相続分によって当然に分割されることになります。つまり、遺産分割協議は不要ということです。
なお、この昭和29年の事件は損害賠償請求権に関するものでした。判決のターゲットは請求権と言う債権に関するものです。そのため、判例の中で示されている「金銭その他の可分債権」の表現について、「金銭」の部分は「現金」を指すものではなく「金銭債権」を示すものだと考えられています。つまり、この部分をより丁寧に表現すれば「‥金銭債権その他の可分債権‥」ということになります。
従って、この判例では「現金」の取り扱い方法については判断していないと考えられています。

( 相続財産としての「現金」の取り扱い方法 )
現金の取り扱いについては平成4年に重要な最高裁判所の判例があります。次のように判断されています。
『 相続人は、遺産の分割までの間は、相続開始時に存した金銭を相続財産として保管している他の相続人に対して、自己の相続分に相当する金銭の支払いを求めることはできない 』
つまり、相続財産の中に現金があった場合、他の動産や不動産と同様に遺産分割の対象になるということです。遺産分割協議を行うことなく、相続人の法定相続分相当の現金の引渡しを求めることはできないということです。
遺産分割協議の結果、現金を請求した相続人 (先ほどの例では長男) が親から過去に多額の生前贈与を受けていた場合や今回の相続で自宅不動産を相続することになった場合など、相続人間で遺産分割協議をした結果、長男は現金を1円も相続できないケースもあり得るということです。
このことから、相続財産である現金や金銭は、他の動産や不動産と同様に「有体物」として扱われ、観念的な概念である「債権」としては扱われないということです。古銭や書画骨董などと同じく形のあるもの (「有体物」) として扱われるということです。
有体物の相続は、遺言がなければ、相続人全員による遺産分割協議を行って相続方法を決める必要があります。法定相続分によって当然に分割されるのではなく、相続によってどの財産を誰が相続するのか、親から過去にどのような便益を受けていたのか、など色々なことを考慮して話し合う必要があるということです。このような分割方法がより公平な結果を導けると考えられているのです。

( 若干気になる点 )
法律を少し勉強された方であれば、「現金」の特殊性について勉強されたことがあると思います。現金は動産 (有体物) ではあるが、価値 (交換価値) そのものであり高度の代替性を持っているため特殊性が見られるものであると説明されています。
現金を所持していれば、通常は、その方の所有ということになります。現金で物を買う時、店員の方から「これは本当にあなたのお金ですか」「このお金を入手した経緯を教えてください」などとは問われません。お金は持っている (「占有」といいます ) 方の所有が強く推定されるのです。
最高裁判所も昭和39年の判決の中で次のように言っています。
『金銭の所有権は、特段の事情のない限り、その占有者に一致すると解すべきであり、また金銭を現実に支配して占有する者は、いかなる理由によって取得したか、またその占有を正当づける権利を有するか否かに拘わりなく、価値の帰属即ち金銭の所有者と見るべき者である』
そこで、例えば、相続人の中で同居していた配偶者が金庫を開扉して現金を発見した段階でこれを所持 (占有) してしまえば、妻の所有になってしまうのではないかという疑問です。
また、金に困った長男が、現金は「可分債権」であるから法定相続分は自分のものだと信じて金庫の中から堂々と自分の取り分を持って行った場合、長男の所有になってしまうのではないかという疑問です。
このように物について占有を取得した者に所有権を認めることを講学上は「(動産) 即時取得」といいます。

これらの疑問については、結論的に言えば、いずれも現金の所有は認められないということになります。妻のケースは、相続財産であることが明白である以上、判例に言う「特段の事情」があることになり所有権は認められません。
長男のケースでは、現金の即時取得について裁判所の判断は過去色々変遷はありましたが、現在では交換価値としての現金の即時取得は認められていません。現金の個体の識別が紙幣の番号や紙幣の傷などで判別がつくのであれば、個性のある有体物としての現金ということになりますので即時取得の可能性はありますが、それが認められない今回のケースでは即時取得ということは考えられません。
また、即時取得が成立するには現金の授受が取引行為である必要があります。金庫から現金を持ち去る行為は、仮に保管管理している妻から手渡しされたとしても「取引」行為とは認められないことになります。

( まとめ )
相続財産の中に多額の現金があると相続人の間で感情が高ぶってしまうことがあります。不動産や預貯金などの金融資産と違って、現物としての現金には得体の知れない魔力があるのかもしれません。相続人の正常な判断力を狂わす場合があります。
また、現金については「早い者勝ち」的になりやすくなります。現金を発見した者が隠して自分のものにしたり、色々な理由をつけて勝手に持って行ってしまうなど、混乱状態になることもあります。
いずれにしても多額の現金を自宅などで保管することは避けた方が良いと思います。預金金利なども少しづつ高くなっていますので、「タンス預金」は避けて頂いた方が相続手続上も無難だと思います。