父親の相続で長男に「多額の借金」があるため「遺産分割協議」で母に全て相続させることができますか

父親が亡くなり相続人が母親と長男、長女のとき、長男に多額の借金があることがあります。父親の遺産を長男が相続しても長男の債権者によって相続した財産が差し押さえられてしまう恐れがあります。こんなとき、母親と長男、長女による相続財産の遺産分割協議で「全ての財産を母親名義とする」あるいは「母親と長女の名義とする」のように長男の相続分をゼロとすることはできるのでしょうか。


長男にお金を貸している債権者は、債務者である長男が債権者を害することを知って行った行為を取消すことができるとされています。この債権者を害する行為のことを「詐害行為」といいます。そして、債権者が債務者が行った詐害行為を取消すことのできる権利のことを「詐害行為取消権」といいます。

今回のテーマは、長男への相続分をゼロにするという遺産分割協議が債権者への「詐害行為」にあたるかどうかという話になります。


(  「遺産分割」と「詐害行為」の関係  )

遺産分割は相続人がどのように相続財産を分割するかを決める行為ですが、相続人以外の第三者からどうこう言われるものではなく、相続人が自由に決めることができるものです。これを「遺産分割 自由の原則」といいます。

一方、長男に多額の金銭を貸している債権者は長男の相続した遺産に対して強制執行をすることによって債権回収を図ることができます。

相続人 (母親、長男、長女) が遺産分割によって、長男への強制執行を回避する目的で、長男の相続分をゼロにすることは、債権者の長男に対する債権回収の期待を不当に失わせるものです。そして、これが「詐害行為」として取消対象になるかどうかという問題になります。

「遺産分割の自由」と「債権者の権利」をどのように調整していくかが論点になるということです。


( 「詐害行為取消権」を行使するための要件  )

債権者を害する内容の遺産分割について詐害行為取消権が認められる条件として3つの要件があります。具体的には、まず客観的な要件として、①遺産分割に「詐害行為性」があることです。次に主観的な要件として、②相続人側に「受益者の悪意」があること、そして、③相続人側に「特段の事情」が存在することです。法律用語で少し難しいのですが簡単に説明します。

①の遺産分割の「詐害行為性」とは、債権者の利益を不当に害する分割内容ということです。長男が無資力であるにもかかわらず遺産を一切相続しない場合は、その分だけ他の相続人に対して多くの遺産が承継されることになります。つまり、無資力である長男から母などへの贈与と同視できることになります。借金を抱えた状態で母などへ財産を贈与することは「詐害行為性」が認められやすくなるということです。

もちろん、長男の借金の額、長男の資産状況、債権者に対するこれまでの返済状況、延滞分に対する交渉状況など、長男が債権者に対して誠意ある対応を行ってきた場合は一概に「詐害行為」と決めつけることはできません。この辺りの確認が必要になるということです。


次に②の相続人側に「受益者の悪意」があるかどうかです。受益者とは、遺産分割によって利益を得る相続人となります。今回の例では母親などです。悪意とは悪い意味ではなく単に「知っていた」ことです。つまり、母親が遺産分割によって財産を相続することが長男の債権者を害することを知っていたか否かということです。

例えば、母親が顧問の税理士から長男には多額の借金があるから自宅などの相続財産の名義は母親にした方が良いとアドバイスを受けていたような場合は「受益者の悪意」が認められやすくなると思います。

最後は③の相続人側の「特段の事情」の存在です。遺産分割には前述したとおり相続人の「遺産分割の自由」が認められています。この自由を制限してまでも債権者の権利を守るためには一定の事情が必要ということです。それが「特段の事情」の存在ということになります。つまり、簡単に詐害行為取消権を認めては相続人の権利を不当に害するので一定の歯止めとして「特段の事情」の存在を要求しているのです。

但し、具体的な事例の適用にあたっては、長男の相続分をゼロとするような遺産分割があれば特段の事情は存在するとした上で、これを否定する事情があれば「特段の事情は存在しない」として債務者(長男)側が詐害行為取消権を否定する論理の立て方をすることが多いと思います。

例えば、病弱な母の自宅不動産での居住を確保するために、相続人全員で協議して、遺産は全て母親に相続させるという内容の遺産分割を行った場合、世間的にもよく見られる事であるので、「特段の事情」は存在しないとされ、詐害行為取消権の行使は認められないということになります。

以上をまとめれば、母親などの相続人が長男が無資力であることを認識した上で、ことさら長男の債権者からの追及を免れる目的で遺産を全て母親名義にする内容の遺産分割協議を成立させた場合は、債権者からの詐害行為取消を受ける可能性が高くなるということです。


( 詐害行為取消権を行使される恐れのある場合の対応方法 )

それでは、明らかに強制執行逃れの目的で相続手続を行う場合の対応として、リスクのある遺産分割以外の方法はあるのでしょうか。

この場合は、長男の父親の遺産に対する「相続放棄」を検討することになります。長男が父親の遺産に対して相続放棄を行えば、長男は初めから相続人ではなかったことになるため、一切の財産は相続されないことになります。

そして長男が相続を放棄した財産は全て母親などの他の相続人に対して振り分けられることになります。残った、相続人である母親と長女が父親の遺産に対して遺産分割協議を行うことになります。

問題は、債権者の利益を不当に害する相続放棄に対して詐害行為取消権が行使されないかということです。しかし、相続放棄は純粋な身分行為と考えられているため、詐害行為取消権の対象にはならないと考えられています。遺産分割は身分行為の側面と財産行為の側面があるため詐害行為取消の対象になり得ましたが、相続放棄は身分行為と考えられているため対象外とされています。

従って、遺産分割に詐害性や悪意があり、遺産分割を正当化できる特別の事情もない場合は、相続放棄を検討した方が良いことになります。


( まとめ )

詐害行為取消権は裁判所への訴えが必要になります。この訴えには出訴期間があります。債権者が詐害行為の事実を知ってから2年を経過したとき、または詐害行為のときから10年を経過したときは訴えを提起できないとされています。従って、ずいぶん昔に行われた遺産分割に対して取消請求されることは少ないと思います。

しかし、期近の相続に対しては、債権者は債権回収のために必要と判断すれば、詐害行為取消権を訴えてきます。注意すべき点は、遺産分割協議を完了して不動産の名義変更等を行ってしまうと相続人による相続財産の処分があったことになり相続放棄ができなくなります。

返済の目途のない借金を抱えた相続人がいる場合は、安易に遺産分割をすることなく、相続放棄の検討を含めて慎重に対応する必要があります。相続に詳しい弁護士や司法書士に相談下さい。

 

Follow me!