母が認知症のとき、父が亡くなると相続手続が大変になりますか

父親が亡くなり父親の遺産について相続手続を行うとき、母親が認知症であると相続手続が大変難しくなります。長男や長女など母親以外の相続人は遺産の分け方に合意ができており円満に相続手続を行うことができる場合でも問題が生じます。

(遺産相続の考え方)

相続手続は、相続人全員の同意の下に行う必要があります。相続人のうち1人でも同意できない者がいれば相続手続は進めることができません。「同意できない」とは、分割方法が気に入らないから同意できない場合が多いと思いますが、意思能力の低下によって「同意することができない」場合も含まれます。

つまり、認知症などの疾病により判断能力が低下して、遺産分割に同意することができない場合も相続手続を進めることができません。怪我や事故で病院に入院して、集中治療室などで治療を受けている場合なども同様です。


(相続手続きを進めるための方策と問題点)

母親が認知症の場合、遺産相続手続を前に進めるためには、母親のために「成年後見人」を選任する必要があります。成年後見人が母親の法定代理人として遺産分割手続きに参加することになります。

しかし、成年後見人の選任は、従来より色々な課題が指摘されており、家族に重い負担となります。選任は家庭裁判所が行いますが、申立から選任まで4か月程度かかります。申し立てを司法書士などに依頼すれば報酬が必要になります。

成年後見人として親族が選任されなければ、司法書士や弁護士が後見人に選任されます。専門職が選任されれば毎月報酬が発生します。専門職への報酬は本人が亡くなるまで必要となります。


さらに問題となるのは、遺産の分割方法について、認知症の母親の相続分として法定相続分は母親の取り分として確保しなければならないということです。成年後見人は遺産分割の話し合いに参加する場合、分割方法について家庭裁判所にお伺いを立てます。家庭裁判所は、原則として、母親の法定相続分は確保するようにと指導します。

母親の法定相続分は2分の1ですので遺産の相当部分は母親名義とする必要があります。その分け方で問題がなければ良いのですが、残された相続人にとって好ましくない場合も多いと思います。

そして、認知症の母親名義となった相続財産は成年後見人が全て管理することになります。残された相続人は母親の財産管理に口出しをすることはできません。意見を述べることはできますが、参考意見に過ぎません。

例えば、母親の療養看護のため介護施設への入所が必要となったとき、費用を捻出するために自宅を売却する必要があると成年後見人が判断すれば、家庭裁判所の許可を得て、自宅が売却されることもあります。

このようなことにならないように、遺産分割の段階で、家族の諸事情を家庭裁判所に説明して、母親の取り分を少なくしてもらえる(又はゼロとする)可能性はあります。しかし、そのためには合理的な理由が必要となります。また、家庭裁判所に説明しても認められる保証はありません。


( 父親が取るべき事前対策  -遺言書の作成-  )

父親が亡くなる前であれば、このような事態に陥ることを防ぐことができます。それは、「遺言書」を作成しておくことです。父親の遺言書があれば、遺産の相続手続は遺言書の内容に従って行うことができます。母親の手続関与は不要となります。


例えば、父親の遺言書の内容として「自宅は長男に相続させる。 預貯金は長女に相続させる。遺言執行者は長男とする。」と書いておけば、父親が亡くなれば、その通りに相続手続を行うことができます。手続きは、遺言執行者である長男が行います。

遺言書作成上の注意点としては、「遺言執行者」を指定しておくことです。遺言執行者を指定しておかないと、原則として、相続人全員が遺言の執行を行う必要があります。そうすると、認知症の母親も相続人ですので遺言書があっても手続きが止まってしまう恐れがあります。

(遺言書を作成した場合の残されたリスク)

遺言書を作成して、認知症の母親の相続分を少なく(又はゼロ)とした場合、母親には相続財産に対する「遺留分」があります。遺留分とは、本人の遺言書によっても奪うことのできない相続人の取り分のことです。

母親の場合、本人の配偶者となりますので法定相続分(1/2)の1/2が遺留分となります。つまり、相続財産に対して1/4は母親の遺留分となります。母親の取り分が遺留分を下回る場合、厳密に言えば「遺留分侵害」になります。

但し、遺留分侵害は侵害された者が請求しなければ発生しません。そのため、認知症の母親が遺留分の請求をすることは考えられません。従って、通常は問題となりません。

しかし、母親に相続財産以外の本人名義の財産 (例えば、母親が過去の相続で取得した遊休不動産や預貯金などがある場合)があって、その財産をどうしても処分する必要が生じたときです。

例えば、介護施設の入居費用の捻出のため必要な場合などです。このとき本人は認知症ですので売却行為などはできません。そのため手続きをするためには母親のために「成年後見人」の選任が必要になります。この場合は、成年後見人を回避する為の策はありません。不動産を売却したり金融資産を解約したいのであれば成年後見人の選任が必要になります。


成年後見人の選任については、資産の売却行為などが予定されていますので、親族後見人ではなく専門職後見人が選任される可能性が高くなります。選任された専門職後見人は、まず本人の保有財産の調査を行います。このとき亡き配偶者(この場合は父親)の相続手続についても確認することがあります。

父親の相続手続で行われた遺産分割の内容 (具体的には遺言書の内容) をみて母親の遺留分が侵害されていると判断すれば、専門職の職責として「遺留分侵害」を他の相続人に対して請求する義務が生じる可能性があります。選任された弁護士や司法書士の判断になりますが、時効が完成していない限り、遺留分を請求する可能性が生じます。

この点はリスクとして認識しておく必要があります。

(まとめ)

高齢の両親がいて認知症の恐れがある場合は、早めに家族で話し合いをして「遺言書」の作成を検討する必要があります。遺言書の準備がない場合は、成年後見人の選任という道しかないことになります。

相続財産の分割方法について家族間で何の問題もなく円満に決めることのできる場合であっても、残された相続人の中に判断能力の低下した方がいると大変なことになることを十分に認識して早めの対策を講じる必要があります。心配な方は、早めにお近くの司法書士に相談下さい。

 

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