土地や建物の「相続登記」をしないで長く放置していますが問題ありますか
親が亡くなって相続が発生しても実家の登記名義の変更をしないで長く放置していることがあります。田や畑、山林なども名義変更していない場合も多いと思います。先代から放置しているだけでなく、先々代からそのままになっている場合もあります。
ところで、令和6年4月1日より相続による不動産の名義変更(「相続登記」)が義務化されます。親が亡くなって自分が相続人になったことを知った時から3年以内に相続登記を行うことが義務化されます。正当な理由なく相続登記を期限内に行わないと10万円以下の罰則が適用される場合があります。相続税の申告と同じように申請の期限が設定されることになります。
注意すべき点は、この取扱は令和6年4月1日以降に亡くなった場合だけに適用されるものではないということです。過去に亡くなった方も含めて、全ての放置されている相続登記に適用されます。戦前から何代にも渡って放置されている相続登記についても適用されます。3年以内という申請期限の開始時点は令和6年4月1日から起算されます。つまり、どんなに古い相続でも令和6年4月1日から3年以内に相続登記を行う必要があるということです。
ところが、放置されている相続案件は実際に相続登記をしようとすると非常に難しいものがあるため、簡単には登記申請できないものが多いのです。もちろん、中には比較的簡単に処理できる運のよい場合もありますが、通常は非常に苦戦するものが多いのです。
( 放置された相続登記が難しい理由 )
長年放置してある相続登記を処理することが難しい理由は色々あります。主な理由としては、次のような理由が考えられます。
① 手続きに必要な公的な書類が役所の保存期限切れで取得できない場合があること。
② 相続人が多数に広がっていること。
③ 相続に関する法制度が改正されているため、亡くなった当時の法律の定めを知る必要があること。
この中でも②の相続人が多数に広がっている場合の対応が最も困難を伴うと思います。
順番に見て行きたいと思います。
( 公的書類の保存切れ )
相続登記を行うためには、相続登記が適正に行われることを証明するために戸籍謄本や住民票などの公的書類の登記所への提供が必要になります。戸籍は長い保存期限が設定されていますので戦災などで焼失していない限り取得できます。しかし、住民票や戸籍の附票の保存期限は短いため取得できないことがあります。
戦災などで取得できない戸籍については、取得できない理由を記載した公的な証明書を役所で発行してくれますのでそれで対応できます。住民票などが取得できない場合も必要な代替策が登記所の取り扱い先例や通達等を確認すれば対応することができます。
しかし、最近亡くなった場合であれば簡単に収集できた公的書類の収集のために余分な手間と費用がかかります。
( 相続人が多数となる問題 )
相続登記を行うためには、亡くなった方の相続人を正確に確定する必要があります。そして、確定された相続人全員で誰が不動産の名義人となるか決めてもらう必要があります。これを相続人全員による「遺産分割協議」といいます。この遺産分割協議は相続人の1人でも欠けた状態では行うことができません。仮に行っても法律的に無効となります。
何代も放置された相続登記は、関係する相続人の数が膨れ上がることがあります。20~30人程度になることは普通にあります。場合によってはそれ以上になります。問題は誰が相続人であるかを探索するのに時間と費用がかかることです。戸籍や住民票(戸籍の附票)などの公的書類を手掛かりに探索していくことになると思いますが簡単ではありません。関係する親族からの聞き取り情報を手掛かりすることも多いと思います。仮に住所まで特定できたとしても電話番号までは分からないと思います。直接話をすることができなければ手紙を書いて交渉を始めることになります。
相続人の中には、既に亡くなっている方もいます。その場合は、その方の相続人を探し出す必要があります。また、相続人は日本全国に点在していることがありますので遺産分割協議のやり方についても工夫が必要になります。
海外に居住している方や行方知れずの方に遭遇するかもしれません。海外との連絡については、住所やメールアドレスが分れば何とか対応できると思います。行方不明の場合は、別途、裁判手続きが必要になります。
よくある困難な事例は、相続人の方が高齢のため認知症になっている場合です。この場合は成年後見人を選任する等、非常に難しい対応が必要になります。放置してある相続登記は、相続人の数が増えるだけでなく、相続人の高齢化による意思能力の低下の問題があります。できるだけ早く処理をしないと相続人の数がどんどん増え、さらに高齢化していくため収拾のつかないことになります。
( 相続に関する法制度の改正について )
相続の根拠法令は「民法」ですが、相続に関する法制は過去に色々な改正が行われています。相続に関して適用する法律は、本人が亡くなった当時の法律を適用します。明治時代に亡くなった方の相続は、明治時代に適用されていた法律を適用します。
戦前戦後を通して我が国の民法、特に親族や相続に関する法制度は大きく変更されています。戦前の家長を中心とした「家制度」が戦後の新憲法によって廃止され、それに伴って親族や相続に関する法制度は大きく変更されています。
戦前の民法によれば、それそれの「家」には「戸主」として家長が定められており、関係する親族が戸主の戸籍に全て搭載されていました。戸主の妻や子供以外に戸主の兄弟やその配偶者、その子や孫なども全て同じ戸籍に集められていました。多くの身分行為には戸主の同意が必要とされていました。
相続についても「家」(戸主権)の相続は、原則として、長男の単独相続 (これを「家督相続」といいます)とされていました。戸主以外の親族に関する相続は「遺産相続」として別に定められており、現在の民法に近い相続形態となっていました。つまり、家族名義の財産の相続は、相続人や法定相続分が定められていました。
但し、現在では認められていない法制度があったため、相続人の範囲や法定相続分を確定するには、当時の法制度を理解する必要があります。
子供には夫婦間の子である「嫡出子」以外に、婚姻関係のない女性との子で夫が認知した子である「庶子」と、認知されていない「私生子」の区別がありました。夫が婚姻外で産ませて認知し戸籍に入れた「庶子」と夫の妻(正妻)との間には法的な親子関係が発生しました。これを「嫡母庶子」といいます。
妻が亡くなって夫が再婚した場合、夫と前妻の子と後妻との関係も法的な親子関係が発生しました。これを「継親子」関係といいます。いわゆる「まま母」というものです。
このように現在では相続人にはならない親族間の「遺産相続」で相続人となる場合があるため見極めが難しくなります。
また、このような戦前の旧民法以外にも戦後の新しい民法の中でも相続に関する改正が何度も行われています。本人が亡くなった当時適用されていた民法の定めを理解しないと大きな過ちを犯すことがあります。
新民法の相続法の改正としては、相続分に関するものとして、配偶者や子などの法定相続分の変遷があります。昭和55年には、それまで配偶者の相続分は子と相続する時は1/3、直系尊属と相続する時は1/2、兄弟姉妹と相続する時は2/3でしたが、これをそれぞれ、1/2、2/3、3/4 (現行の民法と同じ割合)に変更されました。
平成和25年には、非嫡出子の相続分が嫡出子と同等とされました。これ以外にも親族関係や相続関係について改正が色々と発生しています。
従って、亡くなった当時の民法の内容を正確に理解していないと相続人や相続分を正しく確定することができないことになります。誤った相続人の範囲で遺産分割協議などの相続手続を行っても無効になってしまうため細心の注意が必要になります。
(まとめ)
長い間に渡って相続登記を行わないで放置されてきた不動産について「相続登記の義務化」の開始は相続登記を放置してきた相続人にとっては辛い話になります。対応が難しいかどうかはそれぞれのケース毎に違うと思います。長く放置していたが意外と簡単に処理できてしまうものから、解決の目途が立たずに途方に暮れてしまうものまで幅広く存在しています。
いずれにしても、長く放置してあるものはご自身で対応することは極めて困難であると思います。相続登記の専門家である司法書士に出来る限り早めに相談して下さい。来年以降は法改正の開始となり相談が集中する恐れがあります。
簡単なものでも数か月、難しいものであれば半年から数年単位になる可能性もあるため、早めの対応が必要だと思います。