亡くなってから10年経過後の「遺産分割協議」は相続人の言い分に制限がかかるのですか
父親が亡くなったものの相続手続をしないまま放置して10年が経過することがあります。亡くなった父名義の自宅などの不動産について、相続登記をすることなく相続人の1人がそのまま住み続けているようなケースです。
例えば、父親が自宅で鉄工所を経営していたとします。母親は既に亡くなっているため相続人は長男、長女と次男とします。長男、長女は結婚して自宅を出てそれぞれ独立して生活しています。次男は父親の鉄工所を手伝って父と同居しています。父が亡くなってからは鉄工所の経営を引き継いでいます。
長男は結婚して独立するときに父親から自宅の建築資金として3,000万円を受け取っています。また、長女は海外留学費用として父親から1,000万円を受け取っています。また、結婚資金として父親から2,000万円の支度金を受け取っています。これに対して、独身の次男は父親からこれまで金銭などは受け取っていません。

このような状況のなかで、次男としては現在住んでいる亡くなった父名義の鉄工所兼自宅( 時価3,000万円相当 ) の相続について、当然、次男名義になるものと思っていました。そのため自宅の相続登記については落ち着いたら行おうと考えて10年以上も放置していました。長男、長女は父親の生前に多額の資金援助を受けていますから、残された父の財産である自宅は次男が相続できるものと考えていたのです。
ところが、令和3年の相続法の改正によって事態は変わりました。相続人として主張できる「言い分」が相続開始後10年を経過すると言えなくなったのです。「長男、長女は既に多額の財産を父から貰っている」という次男の言い分が制限されるのです。
今回はこの問題について見てみます。

( 令和3年の相続法改正の内容 )
この問題に関する令和3年の相続法の改正の要点は、簡単に言えば、相続開始の時から10年を経過した後にする遺産分割協議では、原則として、「特別受益」と「寄与分」は考慮されずに遺産分割されるということです。
つまり、遺言書がなければ、各相続人の「法定相続分」を基準にして分割されるということです。なお、「特別受益」とは、遺贈、婚姻、養子縁組のための贈与、生計の資本としての贈与をいいます。また、「寄与分」とは、亡くなった方 (被相続人) の財産の維持または増加につき特別の寄与がなされた場合のその財産的な貢献価値をいいます。
今回のケースでは、長男の自宅の建築資金や長女の留学費用や結婚資金は特別受益にあたると思われます。従来であれば、遺産分割協議の中で特別受益があった場合は、その点を考慮して遺産分割協議を行うことができました。

もちろん、現在でも亡くなってから10年が経過する前であれば、従来同様、特別受益分を考慮して遺産分割協議ができます。長男、長女は相続分に相当する財産を特別受益として受け取っているので相続分はゼロとなり、次男が自宅を相続できることになります。
しかし、10年を経過してしまうと改正法の定めにより、遺産分割は単純に各相続人の法定相続分を基準に分割されます。今回のケースで言えば、長男と長女、次男の法定相続分は各3分の1ですので、自宅の相続については、持分各3分の1の共有名義とするか、自宅を売却して売却金を各3分の1で分配することになります。次男が自宅を単独で相続したい場合は、長男、長女に代償金としてそれぞれ1,000万円を支払う必要があります。
令和3年の法改正によって、今回のケースのように理不尽な結果となる場合があるのです。
それでは、何故このような法改正が行われたのでしょうか。

( 相続法改正の目的 )
政府は「所有者不明土地問題」や「空き家問題」に頭を悩ませています。所有者不明の土地が九州に匹敵すると言われています。このまま放置すれば北海道の広さにまで拡大する懸念があるとされています。
そして、この問題の根本的な原因は不動産の「相続登記」がなされていないことだと結論づけられました。そのため、令和6年4月1日からは「相続登記を義務化」して、10万円の罰則まで設けました。
また、この相続登記を阻んでいる原因の1つとして「遺産分割協議」が早い段階で行われていないことだとされました。そこで、今回の「10年経過後の主張制限」の定めが新設されることとなりました。
つまり、相続が発生したら早めに遺産分割協議が行われるように誘導して、確実に不動産の相続登記が行われることを期待しているのです。

( 今回の取り扱いに「例外」はあるのか )
今回の定めについては3つの例外がありますので順に見て行きます。
(1) 相続人間で特別受益や寄与分について考慮しても良いと合意ができた場合
相続人全員が考慮しても良いと合意している場合にまで強制されるものではありません。10年経過後でも相続人全員が特別受益や寄与分について考慮して遺産分割協議に応じてもらえるのであれば、その合意内容に従って遺産を分割できることになります。
今回の事例でも長男や長女が遺産分割協議の中で次男の自宅不動産の相続を認めてくれるのであれば、次男が相続できることになります。

(2) 相続開始の時から10年経過する前に相続人が家庭裁判所に遺産分割の請求をしたとき
10年経過前に家庭裁判所に遺産分割協議の申立をしたのであれば、裁判中に10年を経過したとしても特別受益や寄与分は考慮されることになります。遺産分割を巡る裁判は長期化することが多いため例外となっています。
(3) 10年の満了時期以前の6か月以内に遺産分割の請求ができない「やむを得ない事情」があった場合で、その事情が解消してから6か月以内に家庭裁判所に遺産分割協議の申立をしたとき
やむを得ない事情として想定されているのは、①被相続人の生死を知ることができない場合、②事理弁識能力を欠く状況にあるが後見人が選任されていない場合、③相続開始後10年経過後に相続放棄された場合、④遺産分割禁止の契約や審判がある場合、です。

( まとめ )
相続が開始したら早めに相続手続を行なうことが肝要です。相続登記の義務化も開始されていますので、相続人間で早めに遺産分割協議を行って相続手続を完了させることが必要になります。
長期間放置していると遺産分割時に本来であれば主張できる「言い分」を主張できなくなる可能性があります。相続人間で不公平感が生じないように自分の言い分が主張できるうちに相続手続は完了させてください。