不動産の相続で「もめる」ときは「法定相続分」で共有登記することも1つの選択肢となりました
親が亡くなり自宅などの不動産を誰が相続するか揉(も)める場合があります。相続人の間で簡単には決められないので、とりあえず、各相続人の共有名義で登記しておくことがあります。持分割合は法定相続分で登記します。これを「法定相続分による相続登記」といいます。
例えば、父が亡くなり相続人が母と長男、長女の場合の法定相続分による相続登記の登記名義は「共有者 持分2/4 母、持分1/4 長男、持分1/4 長女」となります。
しかし、司法書士が相続登記に関与した場合、このような法定相続分による相続登記は勧めないと思います。相続人の強い希望があれば別ですが、共有名義となる登記のデメリットを説明して、登記名義人となる相続人を遺産分割協議で決めて頂くことが多いと思います。
ここでは、「法定相続分による相続登記」の問題点などを説明した後に、この登記が場合によっては1つの選択肢になり得る点について見ていきます。
(「法定相続分による相続登記」の手続き費用面からの問題点 )
「法定相続分による相続登記」は言ってみれば仮の状態の登記です。相続人の間で誰の名義とするか協議がまとまったら正式の名義人となる者に名義を変更する必要があります。先ほどの例で、相続人の協議で長女が名義人となることが決まった場合、登記の名義を「持分2/4 母、持分1/4 長男、持分1/4 長女」から「所有者 長女」に名義変更する必要があります。
このように一旦「法定相続分による相続登記」をすると、その後に行う正式の登記と合わせて登記を2回行う必要があります。そのため登記費用が2倍かかります。特に、登記に必要な税金である「登録免許税」は名義変更する不動産の価格 (固定資産税評価額) に対して課税されます。税率は、不動産の固定資産税評価額の4/1000です。
例えば先ほどの例で、自宅の固定資産税評価額が土地と建物合わせて4,000万円とすると、最初の登記で4,000万円×4/1,000 = 16万円 2回目の登記で4000万円×3/4×4/1,000 = 12万円 の登録免許税が必要になります。(2回目の登記は長女の持分は移動しませんので課税されません。そのため移動する持分の3/4だけに課税されます。) つまり、12万円分余分にかかることになります。登録免許税は印紙で納めます。
また、登記を司法書士に依頼する場合は司法書士報酬も倍になります。平均的な相続登記の司法書士報酬は7万円 (税別) 前後ですので、この分が余分にかかることになります。
この余分に費用がかかる点が問題点となります。
( 「法定相続分による相続登記」はそのまま放置されるという問題点 )
「法定相続分による相続登記」の別の観点の問題点として、登記が「とりあえず」のまま放置されることが多いことです。
「法定相続分による相続登記」によって、とりあえず、相続人の間のもめ事を回避できます。相続登記も無事できたので安心して正式の登記名義にすることを忘れてしまうことが多いのです。
相続手続は遺産分割以外にも役所の各種届出など色々な作業があります。不動産の名義変更はその中でも重要な手続ですが、とりあえず「法定相続分による相続登記」を行うことによって手続きは完了します。問題先送りの点は少し気になるものの他の相続手続に忙殺されて時間が過ぎていくことがあります。
登記名義が共有名義のままであることについて気にとめているものの長い間放置してしまうことがあります。時間が経てば経つほど登記名義の変更についてお互い言い出しにくくなります。このようにして、共有名義のまま長い間放置されてしまうことがあります。
その後、共有名義人の1人が亡くなった時点で登記が共有名義のまま放置されることが分かることになります。残された相続人に共有名義にした理由を尋ねても当時のことをあまり覚えていないことが多いのです。
このように、とりあえずの相続登記は、共有名義のまま放置されやすいことが問題点となります。
( 不動産の「共有名義」の問題点 )
相続登記をするとき、仮の形ではなく正式の形として「共有名義」での相続登記を望まれる場合があります。相続人の共有名義として相続したいという希望です。例えば、相続不動産が賃貸不動産のような収益物件の場合は、相続人の共有名義にして将来的に賃料収益を分配することが考えられます。また、空き家となった実家を近い将来売却するつもりなので共有名義のままで良いとする場合もあります。
このように明確な目的があれば「共有名義」でも良いのですが、単に共有名義で相続したいという場合があります。法定相続分通り相続することが公平であると考えるような場合です。
このような場合、登記の依頼を受けた司法書士としては共有名義の問題点を説明することになります。共有名義となった不動産は管理・運用面で、都度、他の共有者の同意が必要になることがあります。小規模なメンテナンス、大規模修繕、建替え、賃貸など不動産の管理・運用には色々なケースがありますが、共有者が単独でできる範囲は限られます。
また、将来、名義人に相続が発生すればさらに名義人が増える恐れがあるため、時間の経過とともに管理・運用がさらに難しくなる点も説明します。
このように不動産の共有名義は明確な目的がない場合は避けるべきであるというのが最近の常識となっています。この点も共有名義の問題点となります。
( 「法定相続分による相続登記」が手続選択肢の1つになった理由 )
従来、極力避けるべきとされた「法定相続分による相続登記」が手続選択肢の1つとして考え得ることになりました。理由は、不動産登記手続が一部簡素化されたためです。
相続が発生して、とりあえず「法定相続分による相続登記」をした後の「正式の相続名義人とするための登記手続」が運用面で変更されました。変更点は、登録免許税が不動産1件について1,000円の定額になった点です。また、登記手続も正式の名義人にとなる相続人が単独で行うことができるようになりました。( 「単独申請による更正登記」と言います。)
先ほどの例で述べたとおり、4,000万円の物件であれば、2回目の登記で必要となる登録免許税は12万円でした。これが2,000円 (土地1筆、建物1戸の場合)で済ますことができるようになりました。余分な税金を納めることが少なくなりました。
また、従来は相続人全員を相続登記申請に関与してもらわなければなりませんでしたが、遺産分割協議書が調っていれば、相続名義人である長女だけで相続登記申請ができるようになりました。
これによって、従来は避けるべきとされていた「法定相続分による相続登記」も今後は手続選択肢の1つになると思います。相続人の間で、近い将来、遺産分割協議を行って正式の相続名義人を決める道筋が定まっている場合は、法定相続分で相続登記を行ってもデメリットは少なくなったと思います。
特に、令和6年4月1日から開始されている「相続登記の義務化」によって相続から3年以内に相続登記を行う必要があります。これにより、罰則の適用を恐れて十分な議論をしないまま拙速に遺産分割協議を行うことが考えられます。しかし、とりあえず法定相続分で相続登記をしておけば、時間をかけて遺産分割協議を行うことができることになります。
相続登記の義務化に伴う「10万円の罰則」を回避するための便法として「相続人申告登記」という登記手続が新設されました。但し、これはあくまでも便法に過ぎません。不動産を売却したり担保に入れたりするには、正式の相続登記を行う必要があるのです。
相続人申告登記は、手続的にも各相続人それぞれが申告する必要があり、戸籍や住民票等の書類も申告に必要となります。相続登記である「法定相続分による相続登記」の準備と大きな違いはないことになります。
そうであれば、最初から「法定相続分による相続登記」を行っておくことも十分選択肢の1つになるということです。
( まとめ )
司法書士の登記実務では「法定相続分による相続登記」の実例はあまり見かけることはありませんでした。また、自分が依頼された相続案件で「法定相続分による相続登記」を相続人に勧めることもありませんでした。
たまに見かける「法定相続分による相続登記」のケースは、何も考えずに相続人共有名義で登記した場合や、とりあえず相続人の共有名義で登記したがそのまま長く放置してあるケースが多いと思います。相続当時の登記手続きの経緯について分からなくなっていることも多いのです。
今回、相続登記手続の簡素化がなされたことにより「法定相続分による相続登記」も手続選択肢の1つとして俎上に乗ることになりました。相続発生時の状況に応じて必要な場合は「法定相続分による相続登記」も積極的に検討してみる価値はあると思います。
登記を依頼した司法書士ともよく相談して頂きたいと思います。