「預金の相続」で法定相続分を超える場合「対抗要件」が必要と聞きましたが何のことですか

平成30年の相続法の改正により、法定相続分を越える財産を取得した相続人等は相続した財産について「対抗要件」を備えることが必要とされました。対抗要件とは、不動産や預金債権などの財産の取得などの権利関係を他の人に主張するための条件のことです。対抗要件を備えないと財産の取得を他の人に対抗 (主張) できないのです。対抗要件の備え方は財産の種類によって異なっています。


例えば、親が亡くなり相続人として長男、長女、二女の3人がいる場合で相続財産として自宅 ( 評価額3,000万円) と3,000万円の預金があるとします。法定相続分は各3分の1です。相続財産は自宅3,000万円+預金3,000万円で合計6,000万円となります。この結果、各相続人の法定相続分は各人2,000万円 (6,000万円÷3人) となります。

相続人3人が話し合って、自宅は長男が預金は長女が相続して二女は相続を辞退することになりました。この結果、長男や長女は自分の法定相続分である2,000万円を超えて自宅3,000万円、預金3,000万円を相続することになります。このとき改正法によって、自分の法定相続分を超える部分については「対抗要件」を備える必要があることになったのです。

対抗要件の備え方は財産の種類によって異なっています。不動産の場合は「相続登記」を行うことで対抗要件は具備されます。自宅を亡くなった親から長男名義に変更すれば対抗要件が整うことになります。

預金の場合は、相続人から銀行等に法定相続分を越えて預金を相続することについて「通知」をするか、銀行等が法定相続分を越えた預金の相続について「承諾」することが必要になります。また、銀行と相続人以外の第三者にも対抗するためには、この通知や承諾は「確定日付のある証書」によって行う必要があります。具体的には証書に公証役場で確定日付を受けるか内容証明郵便で通知を郵送することになります。

以上が相続法の改正の概要ですが、ピンとこないと思います。次に実際に何が問題になるのか具体的に見て行きます。


(  預金の相続における金融機関の対応方法 )

銀行等の金融機関では、預金の相続手続を行う場合は、戸籍等で相続人を確認し、遺産分割協議書や遺言書等によって誰が具体的な相続人かを確認します。そして、確認の取れた相続人に預金を払い渡すことになります。また、多くの金融機関ではこれらの書類以外に金融機関で独自に制定した相続手続依頼書等に相続人全員の署名捺印を求める方法によって相続手続を行う場合もあります。さらに、代表相続人を定めてその相続人に手続を一元化できる手続きを設けている場合もあります。

いずれにしても、銀行等の金融機関は預金を相続する権利を有する相続人等を慎重に見極めた上で相続手続を行います。権利のない方に預金を払い戻せは金融機関の責任になるからです。

しかし、相続人の見極めには格段の注意をもって対応していた銀行等の金融機関も「対抗要件」に関してはあまり留意してこなかったのです。

これまでは、銀行等の金融機関は、預金の相続手続に関して対抗要件の具備については特に意識して行われていませんでした。これまでの実務上の取り扱い方法について、あえて対抗要件具備の観点から見るならば、相続人側から提供された遺産分割協議書や遺言書、又は金融機関制定の相続手続依頼書等の提供を受けて、預金の相続について金融機関側が「承諾」をして払い出しているという法律構成として理解することができます。金融機関側が承諾することによって対抗要件が具備されていたということになります。

尚、預金の相続手続において、相続法は改正されていますが、今後もこれまで通りの手続運用で行われると思います。つまり、対抗要件が問題とならないケースでは、従来同様、対抗要件について気にすることなく預金の相続手続は行われるということです。金融機関側の事実上の承諾によって金融機関と相続人の間の対抗要件が具備されることになるのです。


( 預金の相続で対抗要件が問題となるケース )

銀行預金などの相続手続で対抗要件が問題になる場合は、相続人の1人が借金をしていて債権者からその方の法定相続分の預金に対して「差押え」が考えられる場合です。この場合は、銀行と相続人の二者関係の他に借金取りという第三者が登場します。

相続人の1人がサラ金などで借金をしていた場合、サラ金の強い督促に対して、親が亡くなったのでその相続預金があるからそれで返済できると苦し紛れに答えてしまう場合があります。そうするとサラ金業者は金融機関等が特定できれば預金の差押えに動くことになります。

前述の相続の事例のように、預金を相続したのが長女であり、サラ金から借金をしているのが二女の場合、二女の相続分はゼロのはずです。しかし、サラ金業者は二女の法定相続分はあるものとして差押えを行ってきます。

遺産分割協議書によって預金は長女に相続されることになっていますが、長女の法定相続分である2,000万円を超える部分については、対抗要件を具備しないと対抗できません。預金の差押えと遺産分割による預金の相続手続といずれが勝つことになるかは早く対抗要件を具備した方が勝つことになります。

このようなケースが預金の相続で対抗要件が問題になる場合です。


(  相続人が対抗要件を具備するにはどうすれば良いか )

銀行と相続人の二者間の対抗要件は相続人から銀行への「通知」か銀行の「承諾」で足りることになります。しかし、サラ金などの第三者にも対抗するには、通知や承諾は「確定日付」のある証書によって行う必要があります。

そのため、サラ金等の動きを察知した場合は、できるだけ早く相続人全員から銀行に対して通知書を作成して内容証明郵便で送付する必要があります。通知書の内容は、預金は相続人全員による遺産分割協議の結果あるいは遺言書の定めにより長女が全て相続した旨となります。

預金の差押えの日付と内容証明郵便が銀行等に届いた日付の前後で優劣が決まることになります。そのため、相続人に借金などで預金の差押えが想定される場合は、遺産分割協議書を作成する段階で銀行への通知書も併せて作成しておくことが必要になります。そして、銀行での相続手続と同時に通知書の郵送を行うのです。


( 相続人の1人が通知書に署名できない場合はどうすれば良いか )

通知書は相続人全員から銀行に通知する必要があります。相続人の欠けた通知はでは対抗要件は具備できません。相続人が遠隔地に住んでいる場合やあまり関係が良好でない場合があります。遺産分割協議書までは何とか署名押印してもらったが、再度、通知書に署名押印してもらうことが難しい場合もあります。

このような場合を想定して相続法の改正では新たな定めが設けられています。それは「相続債権承継通知」という通知方法の新設です。これは、共同相続人全員からの通知が困難な場合は、預金を相続する相続人 (「受益相続人」) から銀行に対して、遺産分割の内容等を明らかにして承継の通知ができるというものです。

これにより、預金を相続する相続人だけの通知書で対抗要件を具備することができます。但し、遺産分割協議書や遺言書の内容を明らかにして通知する必要があります。内容証明郵便には遺産分割協議書や遺言書を添付することはできません。

そのため、通知書とは別に遺産分割協議書や遺言書は銀行窓口に直接持参するか別送する必要があります。持参した場合や別送した場合は、銀行の受領印 (日付のあるもの) をもらうように段取りを付けておきます。そのためには、銀行担当者に事前に事情を説明しておくことも必要になります。


( まとめ )

相続法の改正によって「対抗要件」がクローズアップされるようになりました。対抗要件とは簡単に言えば「早い者勝ち」という考え方です。不動産の相続では相続が発生したらできる限り早く相続登記をする必要があることになります。遺言書があっても早く遺贈の手続きをしないと権利が確保できない場合があるということです。

不動産取引に携わっている司法書士は対抗要件ということに非常に敏感になっています。不動産の世界では対抗要件の具備は非常に重要な事柄なのです。

しかし、銀行預金の場合は、不動産のように対抗要件という事柄があまり意識されてこなかった経緯があります。相続法の改正によって、今後は預金についても対抗要件について注意が必要になったということです。十分にご注意下さい。

 

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