「配偶者居住権」を遺産分割協議書にどのように書けば良いですか
被相続人の配偶者が継続して居住建物に住み続けたい場合、「配偶者居住権」の活用があります。例えば、妻が亡き夫名義の自宅である居住用建物に継続して住み続けたい場合、自宅の名義 ( 所有権 ) を相続する方法があります。しかし、そうすると自宅の財産評価額が高い場合、預貯金などの他の亡き夫の相続財産を取得できない場合があります。息子や娘などが預貯金の相続に文句を言わなければ問題ありませんが、権利意識の高い相続人がいると揉める場合があります。

このような場合、残された配偶者のために居住する自宅に配偶者居住権を設定することによって解決することができます。自宅の所有名義は長男や長女の名義で相続した上で、残された母親のために自宅に配偶者居住権の設定をするのです。
配偶者居住権が設定されれば母親は自宅に居住することができます。また、配偶者居住権は自宅の所有権ではなく利用権ですので財産評価額が低くなります。その結果、他の相続財産である預貯金などを余分に相続できることになります。
この配偶者居住権を設定するには、亡くなった配偶者(夫)が生前に準備する場合は「遺言書」等で定めておきます。亡くなった後は、相続人全員 ( 母、長男、長女など ) による「遺産分割協議書」で定めます。今回は、この遺産分割協議書にどのように記載するかについて考えて見ます。

( 配偶者居住権を設定する条件 )
配偶者居住権の設定は、どのような場合にも設定できるわけではありません。設定できる条件があります。具体的には、以下の条件を満たす必要があります。
(1) 配偶者が相続開始のとき、遺産である居住用の建物に居住していたこと。
(2) 建物の所有名義が、亡くなった配偶者(夫)の単独名義であるか配偶者(妻)と2人の共有名義であること。
(3) 遺産分割協議で配偶者居住権を取得させることを相続人間で合意されたこと。
例えば、自宅が長男や長女との2世帯住宅の場合、自宅の名義が長男や長女と共有になっている場合があります。この場合は、(2)の条件に合わず設定できないことになります。また、残された配偶者が病弱で相続開始のとき病院に長期入院していた場合や介護施設に入所していた場合など、自宅への居住性 ( 上記(1)の条件 ) に疑問が生じる場合があります。法律の専門家に相談してみる必要があります。

( 「遺産分割協議書」に何を書く必要があるのか )
例えば、遺産分割協議書に次のように書くことが多いと思います。
第〇〇条 下記不動産は長男が相続する
記
土地 ○○○○
建物 ○○○○
第2項 母は、前項の建物につき、配偶者居住権を取得する。
しかし、配偶者居住権の設定をする場合、次の項目も協議事項に記載しておいた方が良いと思います。
(1) 登記申請義務
(2) 配偶者居住権の期間設定
(3) 配偶者居住権の財産的評価額
次にそれぞれの詳しい内容について具体的に見て行きます。

( 登記申請義務について )
配偶者居住権を第三者に対抗するには、配偶者居住権の設定登記を建物にする必要があります。この登記をしていないと、例えば、建物を相続した長男などが建物を第三者に勝手に売却してしまうと母親は第三者に配偶者居住権を主張できなくなります。「遺産分割協議書に書いてあります」と言っても第三者には通じないということです。第三者に対抗するためには建物に配偶者居住権の設定登記をしておくことが必要になります。
そのため、この点を明確にするために遺産分割協議書上にも登記申請の旨を明記しておくことが望ましいと思います。

( 配偶者居住権の設定期間について )
配偶者居住権は、特に何も定めなければ残された配偶者(母)の終身間続くことになります。つまり、母が亡くなるまで居住できるということです。また、配偶者居住権の存続期間を定めることもできます。例えば、設定日から10年間と任意に決めることができます。
そこで、設定期間を定めたい場合は、設定期間を遺産分割協議書に記載しておきます。
配偶者居住権の財産的評価額については次に説明しますが、この価値の算定に当たって設定期間の長短が重要になります。設定期間が長いほど配偶者居住権の財産的価値が高くなります。そのため、他の相続財産の分割において必要がある場合は、存続期間で調整する必要が生じることがあります。
( 配偶者居住権の財産的評価額 )
配偶者居住権にも財産的な価値があります。その価値を残された配偶者(母)が相続すると考えます。その価値の大小によって他の相続財産から取得できる額が決まるからです。
しかし、その財産的な価値についは、法律で特に決め方が書いてあるわけではありません。そのため、相続人で話し合って決める必要があります。当事者が納得できる評価方法で決めるのであれば、どのような評価額でも良いと思います。
但し、相続財産が多いため相続税の申告が必要な場合は、税務当局にも納得のいく額を提示する必要があります。また、相続人間でも納得性のあるものでないと協議がまとまらない可能性が高いと思います。そこで、通常は、以下の計算式を使用して計算することになります。

<計算式>
配偶者居住権の価値 = ①建物・敷地の現在価値(固定資産税評価額) - ②配偶者居住権付所有権の価値 (負担付建物所有権+負担付土地所有権等)
ここで、②の負担付建物所有権の価値は、固定資産税評価額×( 法定耐用年数-経過年数-配偶者居住権の存続期間 ) ÷ ( 法定耐用年数-経過年数 )×ライプニッツ係数で計算します。また、②の負担付土地所有権の価値は、固定資産税評価額又は時価×ライプニッツ係数で計算します。
ライプニッツ係数とは、中間利息控除のことで、今回のケースでは長期的に発生する費用について前倒しで支払った場合に控除する指数ということになります。
必要な場合は、税理士などの専門家 に相談すれば計算してくれると思います。

( 遺産分割協議書の記載例 )
以上の点を踏まえて、遺産分割協議書の記載例を示せば次のようになります。一つの例示として見て下さい。
第〇〇条 下記不動産は長男が相続する
記
土地 ○○○○
建物 ○○○○
第2項 母は、前項の建物につき、配偶者居住権を取得する。長男は母と共同でその設定登記を申請する。
第3項 前項の配偶者居住権の存続期間は令和○年○月○日より令和○年○月○日までとする。
第4項 母と長男、長女は、第1項の建物について、分割協議時の評価が次のとおりであることを合意する。
(1) 配偶者居住権付所有権の合計評価額 金○○○円
(2) 配偶者居住権 ( 存続期間○年 ) の評価額 金○○○円

( まとめ )
配偶者居住権については、生前に遺言書で作成する場合が多いと思います。この場合は、登記申請義務と存続期間については定めることができますが、配偶者居住権の財産的価値を予め定めることはできません。
一方、遺産分割協議書の場合は、財産的評価額についても定めることができます。遺産分割について相続人の間で財産的な価値を明確にした上で分割したい場合などは明記した方が良いかもしれません。
なお、相続人の間で特に揉めていない場合は、ここまでする必要はないかもしれません。