「遺言書」があっても、相続は「早い者勝ち」なのですか

遺言書に「自宅は長男が相続する」と書いてあれば、自宅は長男が何の問題もなく相続することができました。遺言書に絶対的な権利性が認められていたからです。遺言書の存在は「水戸黄門の印籠」のような存在で、相続について色々と主張して争っていた相続人に対して、これを見せれば恐れ入りましたとなるものでした。ところが、平成30年の相続法の改正 ( 施行は令和元年7月1日 ) によって状況は一変しました。相続について、遺言書があっても「早い者勝ち」的な状況となったのです。

詳しく見て行こうと思います。


(「特定財産承継遺言」とは )

遺言書によって特定の財産 ( 例えば、自宅や預貯金など ) を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言書のことを「特定財産承継遺言」と言います。例えば、「自宅は長男に相続させる。預貯金は長女に相続させる。」のような遺言書のことです。世の中の大半の遺言書はこの特定財産承継遺言となっていると思います。

これとは異なる遺言として、例えば「相続財産について、長男と長女で各2分の1の割合で相続させる」というものがあります。具体的な相続財産を明示せず、相続割合だけを示すものです。この場合は、長男と長女で話し合って具体的な相続財産について分け方を決める必要があります。この話し合いのことを「遺産分割協議」と言います。

それに対して特定財産承継遺言は、「遺産の分割方法の指定」と考えられていますので、この遺言があれば、遺言書に明示されている相続財産について遺産分割の必要がなく、遺言者が亡くなった瞬間に相続財産は遺言書に明示された相続人の所有になると考えられています。


(「法定相続分」との関係  )

ところで、民法には「法定相続分」という定めがあります。相続人が妻と子供2人であれば、「妻1/2、子1/4、子1/4 」というものです。特定財産承継遺言によって、特定の相続財産が、それを相続する相続人の法定相続分を超えるときは、相続分の調整を予定していないとみるのが合理的であることから、「相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定」と考えられています。

例えば、先ほどの特定財産承継遺言で、自宅は長男が相続することになりましたが、自宅の法定相続分は長男1/2、長女1/2です。しかし、長男は自分の法定相続分を越えて全ての自宅の所有権を相続することになります。これは遺言書が「相続分の指定」(1/2=>2/2) をした上で「遺産分割方法」を指定していると考えることができるからです。

このように考えることによって特定財産承継遺言があれば、遺言書の指定に従って、特定の相続財産が特定の相続人に相続されることになるのです。

従来は、このように考えて実務運用されていました。しかし、冒頭でも申し上げた通り、相続法の改正によって、遺言書の絶対性が消滅して「早い者勝ち」的な世界になっています。


( 早い者勝ち」とは )

平成30年の民法の相続法の改正によって、「相続人が法定相続分を超える権利を承継した場合において、当該承継を第三者に対抗するには、登記、登録、その他の対抗要件を備える必要がある」とされました。

「対抗要件」とは、自分の権利取得を他人に主張するために必要な要件事項というものです。例えば、不動産であれば「登記をする」ということになります。長男が遺言書で自宅を相続した場合は、長男名義に「相続登記」することが「対抗要件」を備えることになります。

対抗要件を備えなければ、自分の法定相続分を超える部分について、他人に対して「これは自分が遺言書によって相続したものである 」ことを主張できないのです。長男は自宅については法定相続分として持分1/2を持っていますが、これを越える持分1/2については、相続登記をしないと権利主張できないということです。

仮に、長女が自宅について「長男 持分1/2  長女 持分1/2 」とする相続登記をしてしまうと長男は長女に対して自宅の完全な所有権を主張できなくなります。

相続登記は法定相続分通りであれば、各相続人が勝手に行うことが認められています。そのため、長女は長男が相続登記を行っていない場合は、法定相続分通りの相続登記を行うことができるのです。このような相続登記を「法定相続分による相続登記」と言います。

つまり、遺言書があっても長男がボーとしていると長女が抜け駆け的に法定相続分による相続登記を行って自分の法定相続分の権利を確保することができてしまうということです。

これが「早い者勝ち」となる意味合いです。


( 遺言書の意味はなくなるのですか )

遺言書は遺言者の最終の意思表示としてこれを重んじなければならないと思います。しかし、遺言書の効力が弱くなり、早い者勝ち的な世界になってくると遺言書を書く意味がなくなるのではないかと感じられます。

確かに「対抗要件」の世界で見れば、遺言書の効力は弱くなっています。しかし、遺言書に書いてある遺言内容は遺言者の真意に基づいたものです。これを無視した長女の行為は本来は許させるべきものではありません。

そのため、仮に長女が法定相続分による相続登記を行って自分の法定相続分を確保したとしても、それは正当な権利主張と認められないものです。長男としては、遺言書に基づいて自分名義に戻すように長女に請求することができます。長女がこれに応じない場合は、不法行為に基づく損害賠償請求を行うことになります。

その意味で、遺言書の存在は意味がなくなったわけではないのです。正当な権利主張の根拠になるという意味で意味があることになります。

 


( 第三者の手に渡ると面倒なことになります )

長女が法定相続分による相続登記をした自宅の持分2分の1を換金のため第三者に売却してしまうと面倒なことになります。長男は持分を取得した第三者に対して遺言書によって自分のものであると主張することができないからです。

第三者に持分を返還してもらうためには、先方の希望する価格で買い戻す必要があるということになります。また、先方が自宅の共有者として、自宅の「共有物分割請求」を行うことがあります。共有物の共有者は何時でも共有物の分割を請求できるからです。自宅を売却してその代金を共有持分の割合で分配するというものです。

このような事態になると大変ことになります。長男が自宅に住み続けることが難しくなる可能性があるからです。その意味で遺言書があっても法定相続分を超える持分についてはできるだけ早く「相続登記」を行う必要があるということになるのです。


( 法定相続分による相続登記をされた場合の対応方法 )

長女が勝手に法定相続分による相続登記をしたことを長男が知った場合はどうしたら良いでしょうか。まだ、第三者に転売されていな状態であれば、長女に相続登記の抹消を請求することになります。

しかし、長女が抹消に応じない場合は、長男が単独で相続登記の「更正登記」を行うことができるようになりました。令和5年4月1日より、登記実務の運用変更により、法定相続登記がされている場合、共有名義の相続登記を遺言書に従って長男の単独名義に更正することができるようになりました。この場合、従来は長男と長女が共同で登記申請する必要がありましたが、長男が1人で行えるように変更されました。

この相続登記の更正登記によって長男の権利回復が図れるようになります。発見が早ければ対応ができることになります。詳しい手続きは司法書士にお尋ね下さい。


(まとめ)

遺言書があっても相続は早い者勝ちの世界になっています。遺言書が書いてあるからと言って安心することなく、できるだ早く「相続登記」等の対抗要件を備えることが重要になっています。

また、遺言書の中で「遺言執行者」が指定されることがあります。遺言執行者にとっても遺言者が亡くなったことを知ったら、できるだけ早く相続手続を行い「対抗要件」を備えることが必要になります。

特に弁護士や司法書士などの専門家が遺言執行者に指定されている場合、対抗要件を早急に備えることができないと責任問題になりかねません。

「相続登記の義務化」も始まっていますので、できるだけ早めの「相続登記」をお考え下さい。

 

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