「葬儀費用」を相続財産から勝手に支払ったら問題ありますか

親が亡くなり葬儀費用が数百万円ほどかかったとき、亡くなった親の預金から他の相続人に相談することなく葬儀会社や寺に支払うことがあります。残された配偶者や長男、長女などが喪主として葬儀を主宰した場合このようなことはよく行われると思います。

関係する相続人の間でこのようなやり方に文句や不満が出なければ特に問題とすることはないと思います。また、頂いた香典なども葬儀費用に充当すれば良いと思います。

しかし、このようなやり方に相続人の間で文句や不満が出る場合があります。「家族葬が主流の時代に葬儀費用をかけ過ぎている」「葬儀の内容は喪主の責任で決めてもらっても良いが葬儀費用は全て喪主が負担してほしい」「亡くなった親の預金から勝手に支払うことは問題ではないか」など色々な意見が出る場合があります。

そこで、そもそも「葬儀費用」とはどのような性質ものであるかについて考えて見たいと思います。 なお、今回の話は葬儀費用について遺言の定めがない場合を前提としています。


( 「葬儀費用」とは何であり、誰が負担すべきか  )

葬儀費用とは、通夜・告別式・火葬などの過程で必要な費用のことを言います。読経料、御布施、戒名料も葬儀に際して寺院などに支払うものであれば含まれます。

葬儀費用は亡くなった親の債務ではありません。また、相続財産に関する費用でもありません。親が亡くなった時点の財産が相続財産です。葬儀関係の費用は親が亡くなった後に発生するものですから相続財産から切り離して考える必要があります。

それでは、このような性質の葬儀費用は誰が負担すべきものなのでしょうか。

この点については、現在は2つの考え方があり確立した考え方はありません。裁判所の判断も分かれています。


(1) 「 喪主が負担する」とする考え方

喪主が葬儀費用を負担するという考え方です。最近はこの考え方を採用する裁判例が多く見られます。なお、ここでいう「喪主」とは形式的な喪主ではなく実際に葬儀を取り仕切った相続人と言う意味です。高齢の残された親に代わって長男が葬儀の全てを取り仕切れば、喪主名が形式的に残された親となっていても、実質的な喪主は長男ということになります。

喪主の判断で葬儀のやり方などを決めているわけですから喪主が全てを負担すべきであるという考え方に立っています。伝統的な考え方かもしれません。


(2) 各相続人が必要な負担をするとする考え方

最近の葬儀はセレモニー会館などの葬儀業者に任せることが多くなっています。そのため、葬儀をするには相続人の誰かが葬儀会社と葬儀契約を締結する必要があります。そして、契約した相続人は葬儀会社から葬儀に関する債務を負担することになります。その結果、その相続人は葬儀会社に対して葬儀費用の全額を支払うことになります。

しかし、たまたま葬儀会社との契約の名義人になった相続人に全額負担させるのは不合理と考えて、他の相続人に対しても法定相続分などの合理的な基準をもとに応分の負担を求めることができるとする考え方です。応分の負担は、他の相続人に対して「求償」を行って請求します。

上記2つの考え方の対立があるので、相続人の間で争いになった場合は裁判所がどちらの考え方を採用するかで勝敗が決まることになります。


( 亡くなった親が生前に葬儀社の「互助会」等に加入していた場合 )

最近は葬儀会社が乱立して競争が激化しています。そのため、葬儀社としては見込み客を早期に囲い込む必要があるため、色々な「互助会」契約を生前に結んでもらうように広告宣伝をしています。

そのため、亡くなった親の中には生前に特定の葬儀社の間で互助会契約を締結していることがあります。契約内容は、生前に一定の積み立てをした場合は葬儀費用を割り引くとするものや生前に葬儀の予約をしていた場合は積み立てをしなくても葬儀費用を割り引くとするもの等色々あります。

このような場合は、上記(1)(2)で説明した考え方には当てはまらないことになります。なぜならば、亡くなった本人が生前に葬儀社と契約して葬儀費用の一部を積み立てていたわけですから、この場合は相続財産になるからです。各相続人は親が葬儀社との間で生前に締結した葬儀契約の「契約上の地位」を相続することになるのです。

そのため、例えば、親が200万円で葬儀社と葬儀契約の予約をしていた場合は、その200万円は相続債務となり、各相続人が法定相続分の割合で負担することになります。100万円が生前に積み立てられていれば差額の100万円が相続債務となります。

葬儀の予算規模や方針だけが大まかに決められていて葬儀の詳細が決められていない場合は、詳細を喪主などが方針に従って決定して葬儀費用の金額を確定させることになります。


( 親の預金から勝手に葬儀費用が引き出された場合)

例えば、長男が喪主として葬儀を行うにあたり、勝手に亡くなった親の預金から葬儀費用を引き出した場合どうなるのでしょか。

最近の相続法の改正によって、遺産分割前に勝手に処分された財産は、共同相続人全員の同意によって遺産分割時に遺産として存在するものとみなして遺産分割することができることになりました。

長男が亡くなった親の口座から500万円を勝手に引き出した場合、500万円があるものとして遺産分割協議を行います。つまり、残った相続財産の価格に500万円を加えて遺産分割協議を行います。遺産分割協議の結果、長男の相続分が700万円となった場合、長男は既に500万円取得していると考えて残りの200万円が長男の相続分となります。

このとき、勝手に相続財産を処分した長男には相続人としての同意権はないこととされています。つまり、長男抜きでこのような「みなし遺産分割協議」を行うことができます。

これが、相続財産を勝手に相続人の一部が処分した場合の考え方です。しかし、処分した財産の使い道が相続人全員の利益になるものであれば、それは長男1人だけの負担とすることはできません。

今回の事例のように長男が引き出したお金を全額葬儀費用に充てている場合はどのように考えれば良いのでしょうか。


( 勝手に預金を引き出した長男の責任 )

今回の事例は長男が遺産分割協議の前に勝手に亡くなった親の預金から葬儀費用を支払っています。

先ほどの2つの考え方のうち葬儀費用は「喪主が負担する」考え方によれば、長男が喪主であれば負担は全て長男の負担になります。そのため、勝手に引き出した費用は、相続財産から不当に引き出されたものとなります。

他の相続人が不当だと考えれば、長男を除いた全員で合意できれば、勝手に引き出された葬儀費用の価格分を相続財産に加えて遺産分割協議をすることができます。長男の相続分は、勝手に引き出された分を控除して算定されることになります。

先ほどの2つの考え方のうち葬儀費用は「共同相続人が応分に負担する」考え方によれば、長男が行った葬儀費用について、合理的な範囲内のものであれば、各共同相続人の負担として考えることができます。

しかし、合理的な範囲を超えて長男の独断で行った部分については、長男の負担となると考えられます。例えば、長男を除く他の相続人や亡くなった親の生前の共通認識として「葬儀は家族葬で小規模で良い」であったところ、長男が1,000万円以上かけて大規模な葬儀を行った場合は、小規模な家族葬の費用を超える部分は長男が勝手に預金を引き出したと考えることになります。

そして、その部分については、長男を除く他の相続人全員の合意によって、超えた金額を相続財産に組み入れて遺産分割協議を行うことになります。長男の相続による取り分から勝手に引き出されたものとされた金額が控除されることになります。


(まとめ)

葬儀費用の支払は急な出費となるため持ち合わせがないことが多いと思います。亡くなった親の預金に十分な残高があるのであれば、これを使用することも多くなります。相続人全員が納得して引き出すのであれば特に問題は発生しません。

しかし、長男などが勝手に引き出して自分の思いのままに大規模な葬儀を行ってしまうとトラブルのもとになります。葬儀の規模や預金の引出しには相続人の事前の了解を取って行うことが必要となります。

喪主は葬儀の段取りなど非常に時間的にタイトな中でいろいろなことを即決で決めていかなければいけない状況の中にあります。しかし、価格が高額になりやすい葬儀費用については少し慎重に判断してもらいたいと思います。

Follow me!