「相続登記」や「預貯金の相続手続」が完了した後に「遺言書」が見つかった場合どうすれば良いですか
父親が亡くなり、相続人である母親と長男、長女が「遺産分割協議」をして、自宅は母親名義に相続登記を行い、銀行預金は長男と長女が各2分の1づつ相続する手続きを完了したところ、遺産の大半を長男に相続させる旨の遺言書が発見されたような場合どのようにすれば良いのでしょうか。
遺言書は遺言者の最終の意思表示です。残された遺産の処分方法は、原則として、遺言書の指定通りに行う必要があります。しかし、相続人全員で遺産分割協議を行って相続手続を全て完了した後で全てを元に戻して遺言書の指定に従うことは大変なことになります。
ここでは、後日に遺言書が発見された場合どのようなことが論点になるかを示しながら対応方法について見て行きたいと思います。
まずは遺言書の内容を確認して既になされた遺産分割協議の有効・無効を判断します。
( 遺言書の内容により遺産分割協議の有効・無効を見極める )
遺言書の存在を知らずに遺産分割協議を行った場合、遺言書の内容や性質によって遺産分割協議の有効・無効が決まります。
遺言書の内容として、特定の財産を特定の相続人に相続 (又は遺贈) させるものと、財産を特定せずに相続財産に対する相続する割合を指定するものがあります。
前者のことを「特定財産承継遺言」(又は特定遺贈) と言います。例えば、「自宅は長男に相続させる」「預金は長女に相続させる」等のような遺言になります。
後者のことを「相続分の指定」(又は割合的包括遺贈 ) と言います。例えば、「遺産は、妻、長男、長女に 各3分の1の割合で相続させる」のような遺言になります。
このうち、前者の「特定財産承継遺言」の場合、既になされた遺産分割協議は、原則として、無効となります。特定の財産の処分方法について遺言者が相続方法を明示していますので、これに反する遺産分割協議は遺言者の意思に反することになります。
一方、後者の「相続分の指定」の場合、元々この遺言だけでは具体的な相続手続を行うことができません。遺産の分け方の割合は定められていますが、具体的な財産の分割方法は相続人全員で遺産分割協議をして決める必要があります。
つまり、この方式の遺言の場合は遺産分割協議がもともと予定されているのです。そのため、既に行った遺産分割協議が直ちに無効とはならないと考えられています。相続割合は遺言で定められていますが、これを厳密に行うことは難しい場合も多いため、具体的な相続方法は相続人の話し合いで決めることができると考えられています。その結果、遺産分割協議の内容をそのまま維持できる場合もあるのです。
但し、相続人の中に遺言書の存在を事前に知っていたらこのような遺産分割協議をしなかったと考える相続人がいる場合は注意が必要です。その相続人は既になされた遺産分割協議について「錯誤」による「取消請求」ができるからです。
以上により、遺言書の内容が「特定財産承継遺言」の場合は、既になされた遺産分割協議は「無効」となります。遺言書の内容が「相続分の指定」の場合は、遺産分割協議は一応有効と考えられますが、取消請求される場合があるということです。
( 遺産分割協議が無効や取消となった場合どのように処理するのですか )
(1) 不動産の相続登記
自宅などの不動産になされた相続登記は誤った登記となりますので、「抹消登記」を行った上で正しい相続登記を再度行う必要があります。登記された名義人の状況 (共有関係で相続した場合) によっては「抹消登記」ではなく「更正登記」を行うことで対応できる場合もあります。詳しくは司法書士に確認下さい。
(2) 預貯金の相続手続
銀行等の預貯金について既に各相続人に対して遺産分割協議に従って相続手続が行われた場合、不動産の相続登記のように簡単に元に戻すことはできません。例えば、長男が預金100万円を相続した場合、長男はいつでも100万円の預金を引き出して消費することができるからです。
銀行等も遺産分割協議書に基づいて預金の相続手続を行い預金が引き出された場合、仮にその遺産分割協議が後日無効であったことが判明したとしても銀行等は免責されます。(これを講学上「債権の準占有者に対する弁済」と言います。)
つまり、銀行には文句を言えないということです。遺言書によって自分が相続した100万円を引き出されて使われてしまった相続人は、使った相続人に対して返還の請求をするしかありません。任意に返してくれない場合は訴訟手続で返還請求する必要があります。( これを講学上「不当利得返還請求」と言いいます )
また、相続預金が定期預金などの場合で、まだ引き出されていないときは遺言書によって自分が相続したものであると主張できますが、最近の民法の改正によって、自分の法定相続分を超える分については「対抗要件」を備える必要があることになりました。
対抗要件とは難しい話ですが、簡単に言えば、遺言書の内容を銀行等の金融機関に「通知」したり銀行等が遺言書の内容に従った相続方法を「承諾」することです。銀行等以外の第三者にも対抗するためには内容証明郵便などを使用して通知する必要があります。
このように預貯金については、無効な遺産分割協議に基づいて既に行われた相続手続は多くの場合、事実上、有効な状態になります。あとは相続人間の個別の話し合い等で解決することになります。
( 遺言書の内容を無視して遺産分割協議を有効とできないか )
せっかく相続人全員が苦労して遺産分割協議をまとめ上げたにもかかわらず、後日、1通の遺言書の発見によって全て「水の泡」となってしまうことは勿体ないことではあります。そこで、実際の実務運用では相続人全員が同意できるのであれば、一定の条件の下、遺産分割協議を有効なものとして取り扱うことも行われています。
この扱いは、遺言書でより多くの遺産が相続されることになる相続人など、相続人の1人でも反対すればできない取り扱いです。従って、全ての相続人が遺言書の内容を理解した上で行うことが必要になります。
また、遺言書の中に「遺言執行者」が定められている場合、遺言執行者の同意が必要になります。遺言執行者は遺言書に定められた遺言内容を実現する責務を負っていますので、その方の了解が必要になるのです。弁護士や司法書士などの専門家が遺言執行者に指定されている場合、簡単には同意してくれないかもしれません。
さらに、遺言書の内容として、相続人以外の第三者に遺産が「遺贈」されている場合があります。この場合は、その方 (「受遺者」) の同意も必要になります。
なお、稀なケースですが、遺言書の内容として「遺産分割協議の禁止」が定められている場合があります。これは民法が遺産分割協議を一定の期間禁止することを遺言書に書くことを認めているため、それによったものです。例えば、相続人が未成年なので「5年間は遺産分割禁止」等とするものです。
この定めが遺言書に書かれている場合は遺産分割協議自体を行うことができませんので既になされた遺産分割協議は無効となります。
以上により、遺言書が存在する場合でも、遺言執行者や受遺者が存在せず (又は同意を得て)、遺産分割協議が遺言書で禁止されていなければ、全ての相続人の同意が得られれば、既に行われた遺産分割協議を有効として取扱い、既になされた相続手続をそのまま維持することができます。
( まとめ )
遺言書の存在は相続手続において非常に重要になります。遺言書の存在を知らずに相続手続を行えば非常に面倒なことになる場合があります。せっかく行った相続登記手続等を再度行う必要も出てきます。
相続登記の名義を抹消して遺言書に基づいて再度登記し直すと登記名義人が変更されます。登記簿を形式的にも見れば名義や持分が変更されていることになるため税務当局から「贈与」を疑われる恐れもあります。相続登記をやり直す場合は、この点も十分留意して「贈与税」が発生しないように税理士などとも事前に相談することが必要になります。
いずれにしても遺言書の存在はよく確認する必要があるということです。