「法定相続分」で相続したいときでも「遺産分割協議書」は必要ですか
相続が発生して遺産を相続するとき、遺言書がなければ、相続人全員で遺産の承継の仕方を話し合うことになります。これを「遺産分割協議」といいます。話し合った結果を書面に書き落としたものが「遺産分割協議書」です。ところで、民法には相続人の身分に応じて相続分が定められています。これを「法定相続分」といいます。この法定相続分が定められていることと遺産分割協議をすることの関係はどう考えれば良いのでしょうか。
(「法定相続分」とは何の意味があるのか )
例えば、父親が亡くなって相続人が母親と長男、長女の場合で考えてみます。民法の定めによれば、各相続人の法定相続分は、母が1/2、長男と長女が各1/4と定められています。
父親が亡くなったのが昭和55年以前であれば、配偶者の相続分が当時1/3と定められていたので、母、長男、長女の法定相続分は各1/3となります。
法定相続分は法律が定めた遺産の分け方の基準ということになります。そのため、時代の変遷に伴って法定相続分も変化しています。配偶者の相続分が1/3から1/2に増えたことも社会的な考え方の変化によるものです。最近では、婚姻外で生まれた子 ( 非嫡出子) の相続分が嫡出子の1/2であったものが嫡出子と同等となりました。
このように法律は遺産の分け方について社会的な要請も踏まえて標準的な基準を示しているのです。しかし、家族や親族内のことは色々な事情があるので、血縁者などを中心にして決めることも必要になります。そこで、法律の定めは1つの遺産の分け方の「標準的なガイド」と考えることができます。
つまり、ガイドですから法定相続分に従って分割することも各相続人が任意に話し合って合意した方法で相続することも自由ということになります。
それでは、法定相続分はあまり意味がないもののように感じるかもしれません。確かに相続人の間で遺産相続について円満な話し合いが成立する場合は意味がないかもしれません。しかし、相続人の間で遺産の分け方に争いがある場合には意味を持つことになります。
相続人の間で遺産の分け方に争いがあって当事者同士の話し合いで決着が付かない場合は裁判所による判断を仰ぐことになります。具体的には、遺産分割調停や遺産分割審判で決着するということになります。このとき裁判所が判断の基準にするのが「法定相続分」です。
裁判手続きの中で各相続人が互いに譲歩をして合意に達すれば法定相続分以外の方法で相続することができます。しかし、話し合いが決裂すれば、裁判所は法定相続分を基準として判決 (審判) をします。このとき、法定相続分が意味を持ってくるのです。また、ここでは詳しく述べませんが、相続人の「遺留分」を判断するときも重要な基準になります。
( 法定相続分で相続する場合も遺産分割協議書は必要か )
法定相続分で相続するのであれば、通常は遺産分割協議書は必要ありません。実務的にも金融機関による預貯金等の相続手続において、遺産分割協議書を提出しなくても相続手続はできると思います。また、不動産の相続登記においても遺産分割協議書は不要となります。
( 法定相続分で相続する場合に遺産分割協議書を作成してもよいか )
法定相続分で相続する場合に「法定相続分で相続する」旨の遺産分割協議書をあえて作ることはできるのでしょうか。回答としては、作成することはできます。法定相続分通りであるから作成することはできないということはありません。任意に作成することは差し支えありません。
法定相続分と決まっているのだから相続人間で分割の協議をする意味がないのではないか。決まっている事柄を話し合うことは協議と言えないのではないか。と疑問を抱く方もいると思いますが、どのような内容であれ協議をすることは自由にできると思います。
( あえて遺産分割協議書を作成するメリット )
法定相続分で相続する場合において、あえて遺産分割協議書を作成するメリットとしては次の点が考えられます。
① 相続人の合意の証拠となる。
法定相続分で相続することに各相続人が合意したことを証拠として記録に残したい場合は遺産分割協議書を作成する意味があります。後々の紛争を未然に防止するために遺産分割協議書として残しておくことは1つの証拠保全となります。
② 金融機関の相続手続を円滑に行うことができる。
金融機関の相続手続において遺産分割協議書があれば円滑に手続きが進む場合があります。金融機関としても遺産の分け方が明確に書かれていますので、それに従って手続きをすれば良いからです。もちろん、法定相続分通りに分割する場合であれば、遺産分割協議書がなくても、金融機関所定の相続手続書等に相続人全員が署名捺印をすれば手続はできますが少し面倒になります。
( あえて遺産分割協議書を作成する場合のデメリット )
法定相続分で相続する場合において遺産分割協議書をあえて作成するとデメリットもあります。この点は少し注意が必要になります。
民法は「法定相続分で遺産を分割する」状態を暫定的な状態と考えることができるように制度設計されています。人が亡くなると色々な後処理をしなければなりません。遺産の相続手続もその1つです。色々な役所ヘの各種届出等の事務手続を集中して行う必要もあります。
特に重要な財産である不動産の相続手続については、法定相続分で「とりあえず」手続きを行い、後日、相続人全員でしっかり話し合いをして遺産分割方法を決めることができるようにも考えられています。
つまり、法定相続分で相続手続をしても、まだ遺産分割協議を行う余地があるということです。権利関係が未確定の状態と考えることもできます。
但し、預貯金等の金融資産の相続については、一旦、法定相続分で相続すれば、相続した金銭を自由に消費することができるため元に戻すことはできません。事実上、権利関係は法定相続分で確定します。金融資産は法定相続分で分割すれば仮ではなく確定的な相続となります。
このように、預貯金等は別として、不動産の相続については権利関係が未確定な扱いとなります。相続した不動産を法定相続分で「とりあえず」共有名義で登記しておけば、後日、相続人全員で遺産分割協議が成立した場合は、その内容に従って不動産の名義変更ができます。
例えば、先ほどの設例で、父親が亡くなったので自宅の名義を「母1/2 長男1/4 長女1/4」の共有名義で相続登記をします。これを「法定相続分による相続登記」といいます。この登記をするには遺産分割協議書は不要です。その後、相続人全員で遺産分割協議をして自宅の名義を長男単独名義とすることができます。こちらは「遺産分割による相続登記」といいます。
どちらも相続登記になりますので、贈与税や不動産取得税は発生しません。登記にかかる登録免許税も相続扱いとなって安くなります。
仮に法定相続分で相続登記をする段階で「遺産分割協議書」を作成して手続を進めてしまうと、その後、遺産分割協議をする余地がなくなります。遺産分割協議を行ってしまうと権利関係が確定的に成立したと考えられるからです。
つまり、不動産の相続については法定相続分で「とりあえず」相続する場合は、遺産分割協議書を作成しない方が良いことになります。もちろん、法定相続分が確定的なものであると考える場合は遺産分割協議書を作成しても問題はありません。
( まとめ )
民法が定めた法定相続分通りで相続する場合でも「遺産分割協議書」を作成することができます。また、作成することに意味がある場合もあります。しかし、不動産の相続登記においては、とりあえず法定相続分で登記する場合は遺産分割協議書は作成しない方が良いと思います。
尚、不動産を法定相続分で暫定的に登記すると、その後、遺産分割協議をしないまま長い間に渡って相続人の共有状態で放置される場合があります。最近の相続法の改正で、亡くなってから10年を過ぎると遺産分割協議に色々な制約が発生します。各相続人で話し合いがまとまらない場合で裁判所での決着を図る場合は、各人の言い分 ( 生前贈与や特別受益の主張 ) が通らない場合がありますので注意が必要です。