認知症の症状があっても「遺言書」を作成することはできますか

遺言書を作成するには本人に「遺言能力」が必要になります。遺言能力とは、講学上は「遺言内容を理解し遺言の結果を弁識し得るに足る能力」などと説明されています。簡単に言えば、遺言に書かれていることが理解できるということです。つまり、遺言については、認知症であることが直接的な制約になるとは考えられていません。遺言者本人の遺言をするときの認識力が重要になるということです。

認知症になって後見制度の適用を受けている場合があります。認知機能の低下の度合いに応じて、重いものから順に「成年後見」「保佐」「補助」制度の適用を受けて、「成年被後見人」「被保佐人」「被補助人」となっている場合です。この場合も成年被後見人だから遺言書の作成は絶対できないということはありません。

遺言書は遺言者本人の最後の意思表示ですので、できるだけ尊重して作成できるように考えられています。重い病気にかかって病床にある方や何日も昏睡状態にあった方が意識を取り戻したときにおいて、遺言書を作成したいとの希望があれば、できる限り実現できるように考えることが法の趣旨だと思われるからです。


( 認知症の状態に応じた取扱い方法 )

「成年被後見人」の方が遺言書を作成する場合は医師2名以上が立ち会うことが必要とされています。遺言書を作成する時点の遺言者本人の認識能力に問題がなかったことを確認するためです。

病院に入院している場合は、病院の医師2名に立ち会ってもらうことが必要です。介護施設や自宅で生活されている場合は、医師の立会を要請する必要があります。

「被保佐人」や「被補助人」の場合は医師の立会は不要です。遺言書作成時点で認識能力に問題がなければ遺言書の作成ができます。

成年後見制度の適用を受けていない認知症の方も遺言書作成時点で認識能力に問題がなければ遺言書の作成ができます。


( 遺言者の認識能力は誰が判断するか  )

自筆証書で遺言書が作成されることがあります。本人が亡くなれば、家庭裁判所で遺言書の検認手続き行って遺言の執行が行われることになります。このとき家庭裁判所では遺言者の遺言能力について判断はしません。検認手続きは遺言書自体の証拠保全をするための手続だからです。

この場合、遺言書作成段階で遺言者が認知症を発症していたとしても全ての相続人や受遺者が異論を唱えなければ有効な遺言書として遺言執行されることになります。

相続人などの一部が「認知症の父がこんな遺言書を作成できるはずがない」「同居の家族が作成を誘導した」「遺言書は無効だ」などと異論を唱える場合があります。この場合は、争いとなって事案が裁判所に持ち込まれ、裁判官が遺言者の遺言時の認識能力について判断することになります。

徘徊する認知症の人


公正証書によって遺言書を作成する場合があります。この場合は、遺言書を作成する公証人が遺言者本人の認識能力を面談を通して直接確認します。認識能力が欠けていると判断すれば公証人は遺言書の作成を受けません。

公証人の中には、遺言能力に多少の問題があっても、直ちに遺言書作成を拒絶すれば本人の遺言書作成の機会を奪ってしまうことになるため、とりあえず公正証書遺言を作成し、後日のために公証人が判断した資料を残しておくことがあります。相続人に争いが生じた場合は公証人が判断した資料を基に裁判所に判断を委ねることになります。

最近は法務局による自筆証書遺言の保管制度が開始されています。この制度では遺言者本人が法務局に出頭して遺言書の保管依頼をすることになります。この場合、法務局の担当職員は遺言者本人の認識能力の判断はしません。但し、遺言者が1人で出頭して遺言書の提出手続きをしている場合は、その行為自体が認識能力に問題がないことを表していると思われます。


( 相続で争いが生じた場合、認識能力は何で判断するか )

裁判では遺言者の遺言書作成時点の認識能力は何をもって判断されるのでしょうか。通常は、次のような遺言者の生前の資料などによって判断されることになります。

(1) 医師の診断書

 医師は「長谷川式認知症スケール」の点数などをもとに認知症の進行度合いなどについての診断書を作成します。

(2) 介護施設やケアマネージャなどの記録

 介護施設での日常を記録した介護日誌やケアマネジャーの作成する介護記録、訪問日誌 など。施設や自宅で日常どのような様子であったかを証明することになります。

(3)  遺言書の内容自体 

 遺言書に書かれている内容に相当性が見られるかどうかを確認します。遺言者の日頃の言動と矛盾している内容になっていないかを確認します。矛盾する例として、介護で世話になっている長女に日頃から感謝を述べているにも拘らず、遺言書の内容が全ての財産を長男に相続させるという内容である場合です。

また、遺言者が日頃から遺言に関する方針を述べていることがあります。この方針に大きく異なる遺言内容の場合は、納得できる相当な理由が存在しないとおかしいことになります。


さらに、遺言書の内容がごく簡単なものであれば、認知症が進行していても判断できる場合があります。しかし、内容が高度で複雑なものであれば本人の意思ではないことが疑われます。例えば、単純に自宅を長男に相続させる程度のものであれば判断できる場合が多いと思います。賃貸不動産の複雑な管理スキームが書かれている場合などは判断できないことが多いと思います。

以上の点などが裁判では争われることになります。遺言の無効を主張される側、遺言の有効性を主張される側、双方が自己に有利な資料を裁判所に提供して裁判所の判断を仰ぐことになります。

そのため、認知症による遺言書の有効性が疑われる場合は、上記の自己に有利な資料を準備・保全しておく必要があります。また、遺言書作成時の証拠資料として、遺言書作成時の状況をビデオ撮影して証拠資料とすることも有効になります。

( まとめ )


認知症だから遺言書の作成ができないわけではありません。ごく簡単な内容の遺言であれば、遺言時の様子をビデオ撮影したり、当時の様子が分かる資料を事前に準備しておけば有効な遺言書を作成できることがあります。

将来的に争いが予想される場合は、公証人と事前によく相談して、公正証書での遺言書を作成しておくと良いかもしれません。公正証書遺言の場合は、自筆証書での遺言に比べて信頼性が高くなりますので、これに異を唱えるハードルが高くなるからです。

色々と不安な方は司法書士などの専門家に相談して下さい。色々な知恵を出してくれると思います。

 

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