「家族信託」は開始後の財産管理運用を具体的にイメージすることが大切です

家族信託を活用して高齢者の認知症対策などに活用を考えている方も多いと思います。家族信託は、従来の法制度では実現できなかったことを実現できるツールとして脚光を浴びでいます。そのため、家族信託を検討されている方も増えていますが、安易に開始してしまうと、開始後の財産管理の運用で苦労する場合があります。

家族信託の法律的な正式名称は「民事信託」といいます。この民事信託に対比されるのが「商事信託」です。信託銀行などが営業として行う信託が商事信託です。これに対して、親族内などで信託を行う場合が民事信託です。


( 民事信託と商事信託 )

信託銀行は業務として信託を行いますので、顧客の財産管理については管理を厳重に行って、万が一にも顧客の財産を棄損することのないように細心の注意を払って信託運用を行っています。そのため、当然のこととして費用が掛かります。信託銀行の商事信託には相応の費用報酬が必要になります。

一方、法制度の改正によって商事信託とは別に親族内でも信託行為が認められるようになりました。これが「民事信託」です。民事信託は、親族内ということで報酬面の心配が少ない仕組みとして開始されました。この点が大きなメリットとなって活用される方も増えています。

ところで、商事信託も民事信託も名称こそ異なっていますが、他人の財産を管理運用するという点では同じです。そのため、信託開始後に要求される財産管理の注意義務レベルは両者に差はないということになります。つまり、民事信託だからいい加減な管理で良いということにはならないということです。

より具体的にいえば、民事信託も商事信託で実施している管理水準に近いレベルの仕事をする必要があるということです。しかも、信託を受託した親族は無償か低い報酬でこれを行うことが多いということです。親子の間だから適当で良いという建前にはなっていないということです。この点を理解する必要があります。

( 民事信託は開始後の運用が重要 )

民事信託は、開始後の信託の運用期間が通常は長くなります。短いものでも10年程度は運用されます。長いものでは20年、30年と続いていきます。「受益者連続信託」という仕組みを活用すればそれ以上の運用期間が想定されます。

信託を開始するには、はじめに「信託契約書」という制度の運用設計書を作成します。例えば、親子の間で民事信託をする場合は、信託をする方 (父親) と信託を受ける方 (息子) の間で信託契約を行います。


この信託契約書の中でこの先の長い年月の間に問題が生じることのないように色々なことを想定して制度設計を行うのです。人生5年先のことでもなかなか見通せないことがあります。まして、何十年も先のことまで色々考えて段取りを整備しておくことは、実は大変難しいことです。

人は病気や事故で亡くなることもあります。結婚や離婚があるかもしれません。転勤や留学で海外に行くこともあります。管理している財産が火事で焼失することや経済変動の結果、資産価値が低下することもあります。

また、不動産を信託して財産管理を任せた場合、古い建物を壊して新しい建物に建て替える必要が生じることもあります。また、そのための銀行借り入れを行うことも生じるかもしれません。このようなことを具体的にイメージして想定しておく必要があるのです。

このように信託の開始にあたって作成する信託契約書は、今後長い期間運用するにあたって「憲法」に相当するものです。法律や税務の専門家などを交えて十分な議論を重ねて作成する必要があります。不動産を管理対象にするのであれば不動産業者も必要になる場合があります。もちろん、関係する親族間で十分な「家族会議」を重ねてもらう必要もあります。


( 民事信託組成に必要なコストや時間 )

民事信託を組成するには、大変なコストや時間が必要になります。信託契約書を安易に作成して運用を開始することもできますが、運用開始後に色々なトラブルに見舞われるリスクが高くなります。

そのため、かけたコストや時間に見合うケースでないと民事信託を組成するメリットを十分享受することが難しくなります。

いろいろな専門家を交えて民事信託を組成すれば100万円以上の費用が掛かることが多くなります。そのため、かけたコストに見合うかを十分考える必要があります。民事信託以外の他の代替手段でニーズを実現できないかをよく考える必要があります。


( 民事信託組成に向いているケース )

コストや時間をかけて民事信託を組成するメリットのあるケースとしては、「収益不動産の管理」があります。

高齢の親が賃貸マンションや駐車場を経営しているケースです。親が段々と高齢になるに従って、将来の不動産経営に不安が生じた場合、息子などに生前に不動産経営を任せたいような場合です。

このようなケースでは、賃料収入などの一定の収益が確保されていますので、ある程度のコスト負担には耐えられるケースと考えられます。親が元気なうちに息子などに経営をバトンタッチする手段として民事信託を活用するのです。


( 収益不動産を民事信託する場合の事前作業 )

賃貸マンションなどを信託財産として民事信託を組成しようとすれば、信託契約書を作成するにあたって、たくさんの利害関係者と協議を重ねる必要があります。

親族会議を重ねて頂くことはもちろんのこと、融資をしている金融機関との事前交渉、不動産管理会社があれば事前協議、信託関係の税務申告を担当する税理士との相談、不動産に信託の登記をする司法書士との相談、信託契約書を公正証書で作成するときは公証人との事前協議、不動産の火災保険会社との事前協議など色々あります。不動産管理上重要な「収支計画」や「修繕計画」などの策定も必要になります。

また、信託開始後は、賃貸不動産の賃借人への説明なども必要になります。賃料、敷金、各種積立金の保管に必要な「信託口口座」の開設も必要になります。賃借人と訴訟になった場合のことも検討しておく必要があります。

このように収益不動産を管理するために必要な制度設計を確実に行う必要があります。当然、時間とコストが必要になるということです。


( まとめ )

家族信託に対する認知度が高まり検討されている方も多いと思います。家族信託の組成自体は、信託契約書を作成すれば簡単にできるため、専門家に依頼して行ってみようと考えている方もいるかもしれません。

しかし、家族信託は組成してからの運用が本番ですので、この点を十分認識してもらう必要があります。家族や親族間の信託だから適当で良いということにはなりません。商事信託に要求される品質が法律上の建前として民事信託にも要求されているのです。


このことを十分理解した上でしっかりとした信託契約書を作成して運用を開始してもらいたいと思います。また、専門家選びについても、このようなことを十分理解している専門家を選んでもらいたいと思います。

 

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