「家族信託」は家族等に財産を信託することですが、自分自身に信託できますか
家族信託は家族などの信頼のおける人に自分の財産を「信託」することが多いと思います。しかし、信託法の定めでは自分から自分に信託する「自己信託」というものができることになっています。自分の財産を自分に信託して意味があるのという疑問が生じます。
今回は、「自己信託」とはどのような内容でどのようなケースで利用できるのかについて見ていきたいと思います。

( 「信託」の持つ重要な機能「倒産隔離機能」について )
信託の持つ重要な機能の1つに「倒産隔離機能」があります。信託では財産の所有者で信託する人を「委託者」といいます。財産の管理を委託された人を「受託者」といいます。管理を委託された財産を「信託財産」といいます。
委託者や受託者が信託の活動とは別に自分自身の経済活動によって債務超過になって破産や倒産をしたとき、委託者や受託者の債権者は差し押さえの出来る財産を探すことになります。
委託者や受託者の持ってる個人財産は当然責任財産として差し押さえの対象となります。問題は「信託財産」はどうかということです。受託者としては、委託者から信託として預かっている財産ですので自分の財産ではありません。所有名義は受託者名義となっていますが、信託財産ですので実質的に自分のものではありません。そのため、債権者から差し押さえを受けることはありません。
問題は委託者が倒産などをしたとき、委託者の債権者から信託財産に対して差し押さえができるかということです。信託財産は名義は受託者に移っていますが、実質的には委託者の財産ではないかと考えることができます。そのため差し押さえができそうに思えます。しかし、差し押さえはできないのです。これが委託者に対する「倒産隔離機能」ということになります。委託者、受託者いずれの債権者も信託財産には手を出せないのです。

( なぜ、委託者の債権者が信託財産に手を出せないのか )
受託者は信託財産を管理・運用します。そのことによって利益が生じることがあります。この利益を「受益権」といいます。そして、この利益を享受できる人を予め定めておきます。受益権を享受できる人を「受益者」といいます。つまり、信託とは、「委託者が受託者に信託財産を信託し、受益権を受益者に享受させることだ。」ということができます。
委託者が信託に供出した財産は「信託財産」として受託者に名義変更されています。もはや委託者の責任財産ではなくなっているのです。委託者の財産上の利益は、「受益権」という形に変更されているのです。
ところで、「受益権」を享受できる「受益者」はどのように定めてもよいのです。委託者が受益者となってもよいのです。むしろ、通常は委託者が受益者となります。信託した利益を委託者が享受するのです。この場合は、委託者の債権者は委託者の持つ財産的価値である「受益権」に対して差し押さえるをすることができます。
話を整理すると、委託者が信託した財産は、「信託財産」と「受益権」に分かれるということです。「信託財産」は、信託した財産の「名義」であり、「受益権」は信託した財産の「実質」と考えることができます。つまり、信託とは財産の名義と実質を分けることができる制度ということができます。
その結果、信託財産は倒産などから隔離されて債権者から守られます。しかし、受益権は財産の実質ですので、受益権に対しては差し押さえができるということになります。委託者が受益権者となっていれば、受益権に対して差し押さえが可能となります。
これが委託者の債権者が信託財産には手を出せない理由です。信託財産には手を出せないが受益権には手が出せるということです。

(「自己信託」の意味と活用場面 )
自己信託とは自分の持っている財産の一部を自分自身に信託することです。委託者と受託者が同一ということです。信託法でも認められています。自己信託をする理由は、先ほど説明した「倒産隔離機能」を活用するためです。
自分が会社の経営者で経営も順調で現在は大きな問題がないとします。しかし、会社経営について将来的に安泰かどうかは不安がある場合もあります。経営環境の変化によって会社の経営が一気に落ち込む不安がある場合があります。今なら一定の財産があるので、この財産を子供の将来のために確実に使いたいと考えたとします。会社の経営がどのようになっても一定の財産だけは確実に子供の将来のために使いたいと考えるのです。

このようなニーズを満たす方法として家族信託の活用を考えたとします。現在持っている財産の中から子供の将来のために必要な財産を信託財産として誰かに託したいと考えるのです。しかし、家族の中に信頼のおける適任者がいない場合もあります。そんなとき自分自身を受託者にする「自己信託」が登場するのです。
自分の財産の一部を自分自身に信託をします。委託者=受託者としたうえで受益者を子供にします。こうすると信託した財産は信託財産となり、会社が倒産しても倒産隔離機能により差し押さえを免れることができます。受益者を子供としているため受益権に対しても債権者は差し押さえることができません。もはや委託者の実質的な財産ではないからです。
もちろん、受益者を子供とすることによって、子供の受けた利益は親からの「贈与」ということになり贈与税が発生する場合があります。しかし、会社が倒産して全て持っていかれるより良いわけです。
このようなケースでは自己信託の利用価値があるわけです。

(まとめ)
一見おかしな形に見える自己信託も使い方によっては委託者の不安解消のための有力なツールになるということです。会社経営の将来の保険として、一定の財産を自分自身に信託して、定期的に子供に利益を還元していく「自己信託」は使い方によっては面白いかもしれません。
贈与税の発生についても「相続時精算課税」制度をうまく活用すれば、メリットがあるかもしれません。
なお、委託者=受託者=受益者の形もできます。自己信託で自益信託といいます。但し、信託法は、このような場合は、さすがに信託の意味を見出せないとの考えから1年以内にこの状態を解消できない場合は、信託が終了するとしています。あまり極端なケースでは活用は難しいということです。
信託は色々な形が考えられますので色々と工夫して活用してください。