令和2年7月10日より法務局での自筆証書遺言の保管制度が始まります

令和2年7月10日より法務局による自筆証書遺言の保管制度が開始されます。自筆証書遺言には、「紛失・亡失のおそれ」や相続人による「遺言書の破棄、隠匿、改ざん」が行われるおそれがありました。また、遺言者が亡くなった後、遺言書の開封には家庭裁判所による検認の手続が必要となるため、自筆による遺言書の作成に躊躇(ちゅうちょ)される場合がありました。

今回新設される自筆証書遺言の保管制度は、これらの問題を解決できる制度として注目を浴びています。遺言書を法務局 (具体的には最寄りの登記所)で保管・管理できるため、紛失や亡失(作成したことを忘れること)の心配はいらなくなりました。また、相続人による遺言書の破棄(破り捨てること)、隠匿(遺言書を隠すこと)、改ざん(内容を変更すること)ができなくなりました。さらに、遺言者が亡くなった時、遺言書の家庭裁判所による検認手続 (証拠保全手続)が不要になりました。

これらのメリットを享受でき、比較的安価な手数料で保管管理してもらえることから、自筆証書遺言の作成が増えることが予想されます。従来、遺言書の作成は公証役場での公証人による「公正証書遺言」が主流でした。新制度の発足に伴い、今後は自筆証書遺言が増加していくことが期待されます。新制度は、遺言者自身が行う手順と遺言者が亡くなった後、相続人らが行う手順に大きく分かれています。

◆ 遺言者が行う手順

手順としては、遺言者本人の行為として4種類の手続が用意されています。具体的には、①「遺言者が遺言書を預ける」手順 (自身で書いた遺言書を法務局に保管の申請をすること)、②「遺言者が預けた遺言書の内容を見る」手順 (自分で書いた遺言内容を確認のためにもう一度見ること)、③「遺言者が預けた遺言書を返してもらう」手順 (遺言の撤回を思い立ち遺言書を返還してもらうこと)、④「遺言者が変更事項を届け出る」手順 (書かれた遺言書の内容を変更すること)が用意されています。

4つの手続きが用意されていますが、基本的には①の「遺言者が遺言書を預ける」手順だけ理解しておけば当面は問題ないと思います。他の手続きは必要な時点で確認すれば良いと思います。

< 遺言者が遺言書を預ける手順 >

1.遺言者本人が自筆証書遺言書を作成する。
2.遺言書を保管してもらう法務局(遺言書保管所)を決める。
・保管の申請ができる法務局は、「遺言者の住所地」、「遺言者の本籍地」、「遺言者が所有する不動産の所在地」のいずれかを管轄する法務局となります。
3.遺言書の保管を依頼する「申請書」を作成する。
・申請書は、法務局のホームページからダウンロードできます。
4.保管の申請の予約をする。
・法務局では先方担当者(遺言書保管官)との面談形式による受付となりますので事前の面談時間の予約が必要となります。
5.保管の申請をする。
・必要書類を持参して、予約した日時に遺言者本人が法務局(遺言書保管所、具体的には登記所)に出頭して申請を行います。本人以外の出頭は認められていません。
(持参する書類)
・「遺言書」、「申請書」、「本籍の記載のある住民票の写し(作成3か月以内)」等、「本人確認書類」(運転免許証など)、「手数料」(1通3,900円を収入印紙で納付)
6.遺言書保管官による本人確認、遺言書・申請書類などの確認を受け、「保管証」を受け取る。

・手続終了後、遺言者の氏名、出生の年月日、遺言書保管所の名称、保管番号が記載された「保管証」を法務局より受け取ります。

この手順の中で最も注意する箇所は、手順1.の「遺言者本人が自筆証書遺言書を作成する」になります。遺言は作成にあたって守らなければならない厳格な成立要件が定められています。これを守らないと遺言が無効になってしまいますので注意して作成して下さい。

遺言書の解説本や法務局などに掲載されている見本等を参考にして作成されると良いと思います。法務局の遺言書保管官も面談時に成立要件はチェックすると思いますので、万が一漏れていたりしても問題はないと思います。但し、再度、遺言書の作成からやり直しとなって時間が無駄になってしまいます。

最も注意することは遺言書の成立要件ではなく、遺言書の中身の書き方ということになります。遺言書保管官は形式的な遺言書の成立要件の有無は確認すると思いますが、遺言書の中身が法律的に有効なものかどうかのチェックは実施しません。この点は、作成者自身が内容の有効性を確認する必要があります。

遺言者が「残された遺産はこのように処分してほしい」と思いを込めて遺言書に書いても、それが書かれたとおりに実現できるかどうかは慎重に確認する必要があります。書き方を誤ると遺言者が亡くなった後、遺言を執行する段階になって執行できないケースが発覚してしまいます。

次に注意する点は、遺言者本人がご高齢で身体能力が相当程度衰えている場合です。自筆証書遺言は、文字通り遺言者が自筆して作成しなければいけません。ところが、遺言書は通常簡単なものでもA41枚程度の内容は必要になります。この内容をご本人が無理なく書くことができれば問題ありませんが、書くことが難しい場合はこの制度を利用することはできません。また、法務局への申請はご本人が出頭することが必要ですので、自宅や病院・施設などで寝たきりの場合は利用が難しくなります。

◆ 相続人が行う手順

遺言者が亡くなった後、残された相続人が行う行為として3種類の手続が用意されています。具体的には、①「相続人等が遺言書が預けられているか確認する」手順 (遺言書があるかどうかを法務局に問い合わせること)、②「相続人等が遺言書の内容の証明書を取得する」手順 (相続人が遺言書に書かれている内容の証明書を取得すること)、③「相続人等が遺言書を見る」手順 (遺言書の画像の閲覧や原本の閲覧をすること) が用意されています。

①で遺言書の有無を確認し、遺言書があるとなったら、②でその内容を証明書として取得する流れになります。③は特に必要がある場合のみの手順ですので通常は必要ないと思います。

最初から遺言書の保管が分かってる場合は①の手順は省略できます。手元に遺言書の「保管証」があれば、遺言書の保管場所や保管番号が分かりますのでこれを活用します。

< 相続人等が遺言書が預けられているか確認する手順 >

1.確認先の遺言書保管場所を決める。
・全国どの遺言書保管所でも確認することができます。もよりの遺言書保管場所で確認すれば良いと思います。
2.確認のための請求書を作成する。(作成した請求書により「遺言保管事実証明書」等の交付を請求します。これを「交付の請求」といいます。)
・交付の請求ができる者は、相続人、受遺者、遺言執行者など限定されています。
・そのため請求者の身分を証明するために戸籍や住民票の写し等の提供が必要となります。
3.交付の請求の予約をする。
4.交付の請求をする。
・遺言書保管事実証明書 (遺言書が保管されていることを証明するもの)の交付の請求を行います。手数料は1通800円です。
5.遺言書保管事実証明書を受け取る。
窓口でも郵送でも受け取れます。窓口の場合は運転免許証などの本人確認証の提示が必要となります。

< 相続人等が遺言書の内容の証明書を取得する手順 >

1.交付の請求をする遺言書保管場所を決める。
・全国どこの遺言書保管場所でも交付の請求をすることができます。交付の請求ができる者は、相続人、受遺者、遺言執行者など限定されています。
2.請求書を作成する。
・請求書の作成自体は特に問題ないのですが、請求書に添付する添付書類が大変面倒になっています。 これは、遺言書の内容の証明書を請求した相続人がいた場合、遺言書保管所はその事実を請求者以外の全ての相続人等に通知する必要があるからです。
・そのため原則的には、全ての相続人とその住所が記載されていることを公的に証明した「法定相続情報一覧図」の添付が必要となっています。これが添付できない場合は、被相続人の出生から死亡までの戸籍(除籍)謄本と相続人全員の戸籍謄本、相続人全員の住民票の写しが必要となります。
3.交付の請求の予約をする。
4.交付の請求をする。
「遺言書情報証明書」(遺言の具体的な文言を証明したもの。具体的には保管されている遺言書の電子データ(PDF)を出力したもの)の発行手数料は1通1,400円です。
5.証明書を受け取る
・窓口でも郵送でも受け取れます。窓口の場合は運転免許証などの本人確認証の提示が必要となります。
6.その他の相続人等への通知
・遺言書保管所は、請求された相続人等以外の全ての相続人等に対して遺言書を保管している旨を通知します。

これらの手順の中で注意する点は、請求書を作成する段階で収集する添付書類です。戸籍や住民票など取得に時間を要するものが多いため、予想以上に時間と体力を要します。また、遺言書保管所にアクセスする度に事前のアポイント(予約)が必要となるため想定以上の日数を要する恐れもあります。特に込み合ってることが予想される都市部の保管所では注意が必要かもしれません。

以上、新しい制度の外観を見てきましたが、良い面と想定以上に面倒な面があることが分かります。遺言書の中身の有効性の確認や手続の段取り調整など面倒な方は、相続問題に詳しい専門家のアドバイスや支援を検討されることも必要かもしれません。

手続費用面で公正証書遺言の作成に比べてメリットが多いと思いますので興味のある方はご検討ください。

Follow me!