遺言書を作っても「相続登記は早い者勝ち」になるのですか

民法の相続法が段階的に改正・施行されていますが、民法899条の2及び1013条2項但書の新設・追加により、相続実務の現場では遺言書の作成や遺言執行を巡って熱い議論が交わされています。

改正された上記民法の条文の意味するところは、ごく簡単に言えば、「遺言書で相続分を指定していても遺言者が亡くなったら直ちに登記・登録などの行為を行わなければ、先に登記・登録などの行為を行った第三者に対抗できない。」ということです。(※より正確に言えば、「法定相続分を超える部分については第三者に対抗できない」という意味です。)

法律用語で分かりにくいので、簡単な事例でご説明します。今、Aさんには、長男の太郎と長女の花子がいるとします。Aさんには残せる遺産として住んでいる自宅の土地建物しかありません。Aさんは、自分が亡くなった後のことを考えて「長男太郎に土地建物を相続させる。遺言執行者として〇〇〇〇を指定する。」旨の遺言書を作成しました。

従来はこのような遺言書があれば、長女花子は、遺言の内容に反する行為を行うことができませんでした。仮に行ったとしても無効とされていました。長女花子には遺留分がありますので、遺言の内容に不満であれば、遺留分侵害を主張する必要がありました。

ところが、今回の法律改正により、長女花子はAさんが亡くなったら自宅不動産について、「長男太郎と長女花子の共有名義(持分各1/2)」とする登記をすることができるようになりました。正確に言えば、従来から登記自体は可能でしたが、行った登記が遺言内容に反するから無効であると言われなくなったということです。法定相続人に対して法定相続分通りに相続登記を行うことを「法定相続」登記と言いますが、今回の改正により、各相続人は法定相続登記を遺言内容に反するとして「無効」となることを恐れずに行うことができるようになりました。

これにより、遺言書に「長男太郎への単独相続」と書かれていても、長男太郎による相続登記の前に長女花子が法定相続登記 (持分 長男1/2、長女1/2 )を行えば、長女花子が事実上優先することになりました。さらに、長女花子が自分の持分(1/2)を第三者Cに売却して登記をすれば、長男太郎は第三者Cに対して持分1/2に関しては、法律的にも対抗できなくなりました。

このため、専門家の間では、この問題に対処するために色々な対抗策の検討が議論されています。遺言書が作成されている場合、被相続人(亡くなられた方)の意思を実現する為には、相続発生後、直ちに相続登記を行う必要が出てきました。できる限り早く登記を行う為には、公正証書による遺言が推奨されることとなります。自筆証書遺言は家庭裁判所の検認手続きが必要となり、2か月~3か月の期間が必要となってしまいます。

令和2年7月10日より施行される「登記所による自筆証書遺言の保管制度」を活用した場合、検認手続きは不要ですが、登記所において遺言書の証明書を発行してもらう必要があり、時間的なロスが発生します。遺言書を用いて素早く登記手続をする為には、公正証書遺言が必要となります。

また、そもそも遺言書に頼ることなく、「生前贈与」を行う選択肢も増えて来ると思います。特に事業用の資産を後継者である相続人に承継させたい場合は、確実に後継者に事業用資産が相続されないと事業の継続が困難となり会社の運営が生き詰まる恐れがあります。事業承継税制の優遇措置を受けて生前贈与を検討する会社経営者も多くなることが予想されます。

さらに、権利を保全する為、生前贈与を原因として不動産に仮登記を設定することも考えられます。

勿論、今までのお話は、相続人の間で特に争いもなく、被相続人の書いた遺言書の内容に異論もない相続人の間では、このようなことを気にする必要はないかもしれません。被相続人の亡くなった後、葬儀・法要や諸手続きを行った後、おもむろに登記手続きを行っても特に問題はないと思います。

問題が出るとすれば、遺言書の中で「遺言執行者」として指名されている方です。通常、遺言書を作成する場合、遺言の執行を円滑に行う為に、遺言執行者を予め遺言書の中で指名しておきます。特定の相続人や親族を指名する場合や弁護士や司法書士等の法律専門職を指名する場合があります。遺言執行者は、相続登記を行ったり預貯金などの名義変更手続を行います。

遺言執行者としては、遺言内容の実現を図ることが職務となりますので、万が一にも、他の相続人に出し抜かれて遺言内容を実現できないような事態となれば責任問題となります。このため、専門職として遺言執行者を引き受ける場合、自筆証書遺言や登記所による保管制度を利用したものについては、少し躊躇されるようになるかもしれません。

今回の一連の相続法の改正及びその段階的な施行によって、遺言書の作成について色々と考えなければならない問題が多数発生しています。少し複雑な場合は、ご自身で考え込まないで法律の専門家のアドバイスを受けることもご検討ください。

遺言書の作成は、後で後悔してもご自身は既に天国にいますので、後の祭りにならないように慎重にご検討ください。

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