配偶者居住権の仮登記が話題となっています

配偶者居住権の制度が令和2年4月1日より開始されます。相続法の改正によって創設されたこの制度は、「配偶者に住み慣れた居住環境での生活を継続するための居住権を確保しつつ、その後の生活資金としてそれ以外の財産についても一定程度確保すること」ができることを狙いとして制定されました。

例えば、ある老夫婦(夫85歳、妻80歳)には長男(55歳)と長女(53歳)がいたとします。夫は居住用の自宅として土地建物(時価3,000万円)を所有しています。また、保有資産として金融資産を3,000万円保有しています。総資産額は6,000万円です。夫が亡くなり相続が発生した場合、遺産の分割をする必要があります。相続人は、妻と長男と長女です。この3人で話がまとまり円満に分配ができれば何の問題もありません。

しかし、最近は円満に話がまとまらないケースも増えています。自分の法定相続分は財産をもらいたいと考える相続人が多くなっているからです。法定相続分は妻は1/2であり、長男・長女はそれぞれ1/4づつです。その為、例示した設定の場合、妻の法定相続分は金額ベースで3,000万円ですので、仮に3000万円の居住用の土地建物を選択した場合、それ以外の金融資産を相続することができなくなります

高齢の妻にとって住み慣れた住居を離れることは難しいため、居住用建物を相続した場合、その後の生活費などの不安が生じてしまいます。このような問題を解決できるように配偶者居住権制度が考案れされました。

妻の相続する権利を自宅の所有権とするのではなく、新たに創設した「配偶者居住権」とします。そして、配偶者居住権を建物の賃借権のような利用権として構成することにより、その資産価値を大幅に低減させることを可能としました。具体的な資産価値は、妻の年齢などの諸条件によって変化しますが、例えば計算の結果、半額(1,500万円)に抑えられたとすれば、相続枠が1,500万円増えることになり、金融資産から1,500万円を余分に相続することも可能となります。

設例の場合では、妻の相続分は、配偶者居住権(自宅に終生住み続ける権利)1,500万円と金融資産1,500万円。長男は自宅の土地建物の所有権1,500万円。長女は金融資産1,500万円とすることができます。長男が相続する自宅の所有権は、時価(3,000万円)から配偶者居住権の負担分(1,500万円)を控除して考えます。将来、妻が亡くなった場合、長男は負担のない所有権を保有することができるようになります。

また、配偶者居住権は建物に登記をすることができます。建物に配偶者居住権の登記をすれば、その権利を第三者に対抗することができます。長男が仮に自宅を第三者に勝手に売却しても、妻は終生自宅に居住することができます。配偶者居住権の登記は、自宅の所有者(設例では長男)と居住する配偶者(設例では妻)が協力して行う必要があります。

配偶者居住権を設定する場合の流れは次のようになります。(遺言執行者がいない場合とします。)

<遺言書がある場合の例>

「自宅の土地建物は長男に遺贈し、配偶者居住権は妻に遺贈する」旨の遺言があり、遺言者が亡くなった場合は、妻・長男・長女が協力して自宅の土地建物を長男名義とする所有権移転登記を行います。その後、妻と長男が協力して自宅の建物に対して配偶者居住権の設定登記を行います。

<遺言書がない場合の例>

被相続人である夫が亡くなった場合は、相続人である妻・長男・長女が遺産分割協議を行って遺産分割方法を決定します。協議の中で長男に自宅の土地建物を相続させ、妻に配偶者居住権を与えます。長男は自宅の土地建物を自分名義とする所有権移転登記を行います。その後、妻と長男が協力して自宅の建物に対して配偶者居住権の設定登記を行います。

この流れで問題となる点は、配偶者居住権の設定登記をするためには妻と建物所有者である長男が協力する必要があるということです。もしお互いの仲が悪い場合は登記をすることができなくなります。極端な場合、長男が自宅の所有権を相続するや否や第三者に自宅を売却してしまうと妻は配偶者居住権を第三者に主張することができなくなってしまいます。

このような不都合を事前に回避する為の手法として、確実に妻に配偶者居住権を取得させるため「配偶者居住権の仮登記」の活用が専門家から提案されています。具体的には、少し専門的で分かりにくいと思いますが、夫と妻が配偶者居住権について死因贈与契約を締結し、これを原因として建物に「始期付配偶者居住権設定仮登記」を入れるという方法です。

「夫が亡くなったら配偶者居住権という権利を妻に贈与します」という契約を夫の生前に夫と妻で行い、この権利を保全するために仮登記を現在の自宅建物に設定しておくというものです。始期とは、夫の死亡時です。契約段階では夫が亡くなっていないため死因贈与契約の効力は発生していません。効力の発生は夫の死亡時です。そのため本登記をすることができませんが、登記の順位を保全するために仮登記を入れることができます。

仮登記は後日これを本登記とすれば、仮登記の時点の登記順位を維持することができます。つまり、自宅を売却して所有権が移転されても、それよりも早い時点で仮登記されているため自宅を買った人に配偶者居住権を対抗できることになります。

仮登記は夫と妻で行います。登記手続き上、遺言(遺贈)を原因としては仮登記をすることができないため、死因贈与契約という手法を使うことになります。また、仮登記が建物の登記に入っていれば、通常、この建物を売却することは、買い手が警戒するため極めて困難になります。

夫が亡くなった場合は、遺言又は遺産分割協議によって相続財産を分割しますが、配偶者居住権は保全されていますので、長男が勝手に相続登記をして自宅を売却してしまうことはできなくなります。自宅を長男名義にした後、妻は長男と協力して配偶者居住権の仮登記を本登記にすることになります。長男が協力しなければ、訴訟により登記を行うことができます。長男が裁判で争っても抗弁できる余地は殆んどないと思います。

配偶者居住権は、節税対策としても今後脚光を浴びると思いますが、相続人の間に争いや仲たがいがなければ、あまり心配せずに仮登記という技巧に走る必要はないと思います。但し、心配のある方は、一考する価値があるかも知りません。

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