「遺産分割協議」で決めた約束が守られなかったとき「解除」できますか

遺産の分割は、遺言書がなければ、相続人全員で協議して定めることができます。定め方に決まりはありませんので自由に決めることができます。相続財産を特定の相続人に相続させる代わりに一定の負担を課すこともよく行われます。例えば、「高齢の母の面倒を見る代わりに実家の土地建物を長女に相続させる」「実家は長男が相続するが、代償として次男に1000万円支払う」などです。


相続人全員で合意した遺産分割協議の内容が守られない場合、各相続人は遺産分割協議書を「解除」して遺産分割協議をはじめからやり直すことができるでしょうか。例えば、先の例で、高齢の母の面倒を見ることを条件に実家を相続した長女が母親の面倒を見なくなった場合や実家を相続した長男が次男に代償金の支払いをしなかった場合などです。


この場合の答えは、実務的には「解除できない」という考え方が主流となっています。相続人の1人が他の相続人に対して「債務」を負担することを内容とする遺産分割協議をしたところ、債務が履行されなかった場合、他の相続人が「債務不履行」を理由として遺産分割協議を「解除」することはできないとされています。債務とは、「何らかの義務や負担」です。債務不履行とは「約束したことが守られていない」という意味です。


意外な結論ですが、その理由は、①遺産分割協議はその性質上、協議の成立とともに終了し、その後は遺産分割協議において債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人の間の関係が残るだけである。②負担した債務を履行しない問題の解決は、当事者のみで解決すべき問題である。③遺産分割協議に参加した他の相続人まで巻き込んで、遺産分割協議を遡って解除することはできない。とする考え方になっています。

簡単に言えば、相続人全員で決めた協議について、決めた内容を守らない相続人がいたら、不利益を受ける相続人と約束を守らない相続人の間で話をして決着して下さいということです。決着できなければ、調停や民事訴訟を起こして決着して下さいということになります。

このような考え方をする実質的な理由としては、遺産分割協議を解除すると遺産分割協議は当初よりなかったことになり、遺産分割協議を前提として、その後に行われた色々な取引関係が遡及的に無効となり「法的な安定性が害される」からです。


先の例で1000万円の代償金を次男に支払わない長男が、相続した実家を第三者に売却していた場合、遺産分割協議を解除してはじめからやり直しとなると、第三者が不測の損害を被ってしまいます。そのため、長男が支払わない1000万円の代償金の支払は、長男と次男の間で決着し、実家を買い取った第三者に影響がでないようにします。そのために遺産分割協議書の解除を認めないのです。

なお、ここで「解除」と言ってるのは、「法定解除」のことです。少し話が難しくなりますが、契約をした当事者が約束を守らない場合、一方の当事者は契約を一方的に解除することが認められています。これが「法定解除」です。

これに対して、「合意解除」というものがあります。契約をした当事者双方が合意の上で締結した契約を解除することです。一方当事者の約束違反の有無を問いません。双方が合意して契約をなかったものにするということです。

この「合意解除」を用いれば、遺産分割協議を合意「解除」することができます。例えば、今回の事例である「実家を相続した長女が母親の面倒を見ない」ケースについて、面倒を見ない理由が、長女が病気になり面倒を見れないような場合もあり得ます。この場合は、遺産分割協議をした相続人全員が、状況の変化を考慮して、再度遺産分割協議をすることができます。


のように、成立した遺産分割協議を「合意解除」して、遺産分割協議をやり直すことができます。もちろん、実家を第三者に売却するなどの行為がされていないことが前提となります。状況の変化により、長女に相続された実家の登記名義を各相続人の共有登記に変更するなどの変更を行います。

ただし、一度有効に成立した遺産分割協議を「合意解除」によりやり直し、再分割した場合は、課税上の問題登記上の負担が発生しますので注意が必要になります。具体的に言えば、当初、長女に相続登記された実家について評価額が高ければ相続税が課税されていました。登記についても相続登記のための登録免許税などの登記費用がかかっています。


遺産分割協議を合意解除して再分割し、実家の登記名義を相続人の共有にしようとすると移転する持分について相続人間の贈与とみなされ「贈与税」が課税される場合があります。登記名義を共有にするための登記費用も余分にかかります。

 

(まとめ)

遺産分割協議が有効に成立した後、そこに書かれた負担を約束した相続人が約束を実行しない場合、約束を実行しない相続人に対して不利益を受ける者が個別に請求していくことになります。そのため、約束内容については、遺産分割協議書に明確に記載しておくことが必要になります。話し合いで決着が付かない場合は、調停や訴訟での決着も想定されますので、証拠資料として遺産分割協議書の記載内容が重要になります。

約束を守れない事情がやむを得ない場合もありますので、その場合は相続人全員の合意による遺産分割協議のやり直しも考えられますが、税金や登記費用には注意が必要になります。

尚、本文では紹介していませんが、遺産分割協議書の中で「義務を果たさない場合、(合意)解除できる旨」の条項を入れておくことも考えられます。遺産分割協議をする段階で相続人全員によって将来の解除について合意しておくものです。将来、義務を果たさない場合、合意解除できる道を用意しておくものです。

いずれにしても遺産分割協議書に書かれる義務の実現可能性について、十分に検討する必要があると思います。

 

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