共有名義の不動産を家族信託で有効活用する場合の考慮点

不動産の中には名義が共有となっているものが多くあります。特に、相続した不動産の場合、共有となっているものが結構あります。これは、相続が発生した時、面倒な遺産分割協議をせずに法定相続分でそのまま登記をしたり、遺産分割協議で揉めて結果的に法定相続分で登記せざるを得なかったケースなど色々と原因はあると思います。

しかし、不動産の共有状態というのは、できる限り避けた方が望ましいと思います。不動産の管理や運用あるいは処分といった行為を行おうとする場合、共有者全員の同意が原則として必要になります。賃貸アパートなどの収益物件であれば、簡単な修繕は別として、大規模修繕や建て替えなどは共有者の過半数の同意や全員の同意が必要となります。

共有者同士、当初は良好な関係であっても将来的に良好な関係が続く保証はありません。また、共有者が高齢となり認知症になれば、その方と合意形成を図ることができなくなります。また、共有者が亡くなってしまうとその方の相続人が新たな共有者として登場します。

共有不動産は、できる限り避けた方が望ましい所有形態ではありますが、現実に共有状態となっている場合は、簡単に解消することはできません。持分を他の共有者に贈与したり譲渡することが考えられますが、不動産の場合は価格が高額になるため、贈与税や売買代金の手当ての問題があり簡単には実現できません。

そこで、家族信託を活用して共有状態を解消して不動産を有効活用したいというニーズが生まれることになります。家族信託の仕組みを使って、各共有者が家族信託上の委託者となって、その持分を特定の受託者に信託すれば共有状態は解消され受託者の単独所有状態とすることができます。

単独所有者となった受託者は、家族信託契約で定められた信託の目的を実現するために、受託者の判断で不動産を管理・運用・処分することができるようになります。これが、いわゆる「家族信託を活用した共有不動産の解消対策」です。

具体例で考えてみます。対象不動産は、賃貸アパートとします。賃貸アパートの名義人は、ABCとします。ABCは親戚関係です。それぞれの持分は各3分の1です。AとCは高齢者とします。賃貸アパートの管理は、現在はBが、高齢のAとCの意向を伺いながら行っています。この先、高齢のAとCが亡くなったり、認知症になった場合のことを考えるとBは不安になっています。

そこで、家族信託を活用して問題解決を図ろうとします。

ここからが、今回の本題である「共有名義の不動産を家族信託で有効活用する場合の考慮点」となります。具体的には、家族信託契約書の作成単位の話となります。少し、分かりにくい話になります。

そもそも信託とは、「委託者」「受託者」に対して財産を信託し、受託者が財産を管理・運用してその利益を「受益者」に与えるものです。通常は、委託者と受託者は別人です。委託者と受託者が契約によって信託をするという意味で「信託契約による信託」と言います。

これに対して、委託者と受益者が同一人物の場合があります。むしろ、家族信託の場合は、委託者と受益者は同一の場合が多くなります。これを自分のための信託という意味で「自益信託」といいます。今回の設例では、ABCが受益者となり自益信託となります。

問題は、委託者と受託者が同一人物の場合がありうるのかという点です。「自分から自分への信託って意味あるのか。」と思われるかもしれません。しかし、これも制度上ありえます。信託法上、委託者と受託者が同一の場合を「自己信託」と言って、その存在が認められています。

通常の「信託契約による信託」以外に委託者が受益者となる「自益信託」、委託者が受託者となる「自己信託」について、「なぜ認められているか」、「何のメリットがあるのか」等の疑問があると思いますが、ここでは深く考えずに前提事項とお考え下さい。

これからご説明する家族信託上の考慮点とは、この「信託契約による信託」と「自己信託」がキーポイントとして関係します。今回の説例で、ABC共有の賃貸アパートで信託を活用する場合の信託契約書の作成方法として、次に説明するように色々な方法が考えられますが、いずれを選択すべきかということが家族信託設計上の重要な考慮点となります。

まず、信託契約書の1つの作成方法は、信託契約書の形式として、ABCを委託者、Bを受託者とする方法です。これは、現在の賃貸アパートの運用形態をそのまま信託契約に落とし込んだもので分かりやすいと思います。

但し、この場合、よく見ると、Bについて「自己信託」となっていることが分かります。ACとBについては、「信託契約による信託」になっていますが、Bについては、BからBへの自己信託になっています。

「信託契約による信託」と「自己信託」という2つの異なった形式の信託を1つの信託契約書として組成できるのか疑問となります。また、Bの自己信託は、「委託者=受託者」ですが、今回の場合は、さらに「委託者=受託者=受益者」となります。これを「三者一体信託」といいます。

自己信託では、設定当初は自分(委託者)が受益者も兼ねる場合もあります。つまり、委託者=受託者=受益者となっている状態です。このような状態であっても目的とすべき受益者が後に決まれば問題はないのですが、いつまでも三者が同一人物の場合、なぜ、信託をしているのかその意味が見いだせません。そこで、信託法は、受益権の全部を受託者が個人的に保有している期間が1年間続いたような場合は、信託が終了するとしています。(信託法163条二)。そのため、今回の信託は、「三者一体信託」として組成後1年で強制終了となるのではないかという疑問が出てきます

また、不動産登記手続上、「信託契約による信託」と「自己信託」は、登記手続きが異なるとされています。前者は、委託者と受託者による共同申請方式、後者は、委託者兼受託者による単独申請方式で行います。

そこで、信託契約書の形式として、ABCを委託者、Bを受託者とする方法が可能なのか問題となります

この疑問に対して、法務省は、共有不動産全体を一体とした信託財産として捉えることにより、「自己信託」や「三者一体信託」となる解釈にはならずに、1年という年数に関わらず存続もでき、また信託登記もスムーズにできるという解釈を発表しました。御上(おかみ)が「問題ない」とのお墨付きを与えたのです

※「複数の委託者のうちの一部の者を受託者とする信託の登記について(平成30年12月18日付 法務省民二第760号法務省民事局民事第二課長通知)」

これにより、ABCを委託者、Bを受託者とする方法は可能という結論になり、登記手続き方法も明確にされました。この方法が選択肢の1つとして認められました。

2つ目の信託契約の方法は、基本に忠実に、委託者ごとに信託契約を作成する方法です。具体的には、Aを委託者、Bを受託者とする「信託契約による信託」、Cを委託者、Bを受託者とする「信託契約による信託」、Bを委託者兼受託者とする「自己信託」とする方法です。信託契約書(但し、自己信託は契約ではないので「信託宣言」といいます。) を3つ作成することになります。

この方式は、上記のような法務省の見解を待つまでもなく、当然に実現が可能な方法です。但し、契約数が増えてしまうため、作成に当たって余分な費用や手数料がかかります。また各契約書間の整合性を取る必要があります。

さらに、別の方法としては、ACとBについては、ACを委託者、Bを受託者とする「信託契約による信託」を作成し、Bについては、自分の持分を自分が活用するのだから契約は不要として何も契約しない(自己信託しない)方法です。この方式の亜類型として、ACとBの契約を委託者毎にする方法もあります。

こちらの方法も、法的には問題なく実現可能であると思います。

今回のテーマである共有不動産の家族信託設定上の考慮点とは、このように共有不動産の信託について、信託契約書の作成方法について色々なやり方があり得るということです

それぞれの長所と短所を見極め、十分な検討を行ってほしいということです。

簡便さから最初に説明した1つの契約方式を安易に選択しない方が良い場合もあるからです。

最近の家族信託について書かれた実務書の中には、共有不動産の活用の場合は、1つの契約方式は採用すべきではないと明確に指摘しているものもあります契約信託と自己信託を単純に1つの契約書で整理することはできないとしています

また、実際上、家族信託を組成する場合、信託財産は不動産のみのケースは少なく、不動産以外に金銭なども信託財産とされます。信託財産として不動産以外の財産も併せて委託者毎に表そうとすると、1本の契約書の場合、内容が複雑になる恐れがあります。

さらに、今回の設例のABCが亡くなった後の問題を処理しようとすると契約内容がさらに複雑化します。

共有不動産の家族信託活用のケースでは、賃貸アパートが収益力を維持できる間は信託契約を継続できるように設計すると思いますが、その間に受益者の承継 (受益者が亡くなって次の受益者に引継ぐ)の問題が予想されます。

家族信託は、信託契約書に定めておけば、希望通りの承継の仕方や順序を決めることができますが、各受益者毎に親族関係や年齢も異なることから、色々なケースを想定した定め方になります。これを1本の契約書の中で整理して記載しようとすると大変複雑で分かりにくいものとなる恐れがあります。

家族信託契約書の主な内容は、不動産登記簿に信託目録として、その要領を公示します。あまり複雑な内容では、その内容を理解できなくなり、公示面でも問題となります。

もちろん、信託財産が少なく、承継の問題も単純で1つの契約書で分かりやすく記載できる場合は、1つの契約書方式でも対応できると思います。

結論的には、契約信託と自己信託を1つの信託契約書で作成すべきではないと考える方は、委託者毎に作成することになると思います。その点は柔軟に考えることができる方は、1つの契約書で作成できる場合があることになります。但し、1つの契約書で作成する場合は、内容の分かりやすさの工夫が必要ということになります。

共有不動産の有効活用については、信託契約書の作成単位について悩ましい問題がありました。最終的には、信託契約書を立案される専門家の先生の判断(悩みどころ)になると思いますが、長期間に渡る家族信託の運用が円滑に行えるように慎重に検討してもらいたいと思います。

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