「家族信託」で賃貸アパートの経営を息子に任せられますか

賃貸アパートや貸し駐車場を経営されている方が高齢になり、このまま経営を続けていくことが難しくなることが予想される場合、息子などに早めに経営を任せた方が良いかどうか悩む方が増えています。特に「物忘れ」や「身体の不調」が見られる場合は、より一層心配になります。


本人が認知症を発症したり、疾病により長期の入院となると賃貸アパートなどの経営は難しくなります。賃貸アパートの管理運営を不動産管理会社に委託している場合でも委託者である本人が認知症や入院で意思表示が難しくなれば、委託契約の継続が難しくなります。

<「生前贈与」の検討 >

そこで考えられる対応方法として、早めに息子(又は娘)に賃貸アパートなどを贈与することが選択肢になります。いわゆる「生前贈与」です。しかし、事業用資産を生前贈与すれば、多額の贈与税を一度に支払わなければならない問題が発生します。


この場合、贈与時2,500万円まで贈与税が発生しない「相続時精算課税制度」を活用することも可能です。しかし、税務申告が必要なことや、一度制度を選択したら撤回できないこと、贈与時は非課税でも相続時に相続税が発生する可能性があること、など制度利用にあたっては注意点が多くあります。

また、生前贈与すれば賃貸アパートなどの資産は息子のものとなります。本人が賃貸アパートからの賃料収入で生活していた場合、賃料収入が入ってこないことになると生活が困ってしまいます。息子が得られた賃料を本人に渡せば「贈与」になります。

特に「相続時精算課税」を活用して贈与税の負担なく生前贈与をした場合、本人が亡くなるまで年間110万円まで認められている贈与税の非課税枠は使用することができなくなります。つまり、賃料収入を1円でも本人に渡せば贈与税の対象となります。

<「財産管理契約」「任意後見契約」の検討 >

次に考えられる方法として、「財産管理委任契約」や「任意後見契約」が考えられます。これらの契約は、本人が元気なうちに息子(又は娘など)と契約を締結して、契約に定められた財産管理を息子などに行ってもらうというものです。

「財産管理委任契約」は本人が元気な状態のとき息子などが財産管理をするための契約です。「任意後見契約」は、本人が認知症を発症したときに有効となる契約で息子などが後見人として本人の財産管理をするものです。

これらの契約は、本人に代わって契約で定められた行為を本人を代理して行うものです。そのため、契約内容として代理できる範囲を予め定めておくことが必要となります。これを「代理権目録」といいます。具体的な契約行為を代理権の範囲に指定することはできますが、不動産経営のような行為は、代理権の範囲が不明確となります。


「賃貸アパートの管理」を代理権の範囲とすることはできますが、アパートの大規模修繕や建て替え、賃料滞納者への訴訟の提起など、ある程度詳しく代理権の範囲を記載する必要がります。代理権目録の記載だけでは、臨機応変な対応ができない場合があります。

<「家族信託」の検討 >

そこで、対応策として登場するのが「家族信託」の活用です。家族信託は、家族のような親しい者の間で財産を信託し財産管理を委託するものです。本事例の場合は、本人が息子に賃貸アパートを信託して管理を任せることによる対応方法です。

信託された賃貸アパートの所有名義は本人名義から息子名義に移されます。もちろん信託財産である旨は明記されます。

賃貸アパートを信託された息子は賃貸アパートを信託財産として経営管理して賃料収益を上げることになります。信託された財産は息子の固有の財産とは区別して管理する必要があります。信託された財産は息子の財産ではありません。


財産を託する本人を信託の「委託者」といいます。財産の管理を受託した息子を信託の「受託者」といいます。家族信託は委託者たる本人と受託者たる息子の間で契約を締結して開始します。そして、財産の管理によって得られた収益を享受できる者を信託の「受益者」といいます。受益者は契約で自由に定めることができます。

本事例の場合、受益者を本人としておけば、得られた賃料収入は本人のものとなります。つまり、家族信託とは委託者の財産を受託者が信託財産として管理し、得られた収益を受益者に還元する仕組みということができます。委託者と受益者は同じ人でも問題ありません。

家族信託の良い点は、賃貸アパートの登記名義は息子に移りますが、あくまで信託として移転したものであるため「贈与」とはみなされない点です。また、得られた賃料収入は受益者である本人に還元されるのであれば、こちらも「贈与」とはみなされません。従って、贈与税の問題は発生しません。

「信託財産の管理を受託者である息子に任せた」という考え方の上に全ての論理が構成されています。息子ですので受託者の信託報酬は無償とすることも契約で定めることができます。本人が認知症になっても賃貸不動産の経営管理は息子の判断で継続することができます。経営上必要と判断し信託の目的にも合致していれば、息子の判断で大規模修繕や建て替えも選択肢となり得ます。


家族信託の終了方法は契約で定めておきます。例えば、本人が亡くなったら終了とすることもできます。信託が終了した場合は、契約に定められた方法で清算終了することになります。無報酬で賃貸アパートの経営管理をした息子に賃貸アパートを相続させるとすることもできます。

また、本人が亡くなっても信託終了とせず、例えば、本人の配偶者が亡くなるまで信託を継続することもできます。本人が亡くなった後は残された配偶者を新しい受益者として、アパートの賃料収入を配偶者の生活費とすることもできます。

家族信託は委託者と受託者の信託契約ですので、法が禁止する場合を除いて自由に契約内容を定めることができます。つまり、家族形態に応じて最適な契約内容とすることができます。この自由設計が可能となる仕組みにより、工夫すれば色々なニーズに答えることのできるものとすることができます。


(まとめ)

賃貸アパートの経営を息子に家族信託を活用して任せることができます。本人が亡くなった後のことも含め信託契約に定めておけば色々な取扱いが可能となり活用の幅が広がります。

よくある活用ケースとして、賃貸アパートなどの管理の難しい収益物件だけを息子に家族信託して、自宅や預貯金などの金融資産は本人が引続き管理する方法です。本人の認知症発症への備えとしては、娘などと財産管理委任契約や任意後見契約を別途締結して対応します。また、必要な場合は、自宅や金融資産の相続について公正証書遺言を作成して万全を期します。

シニア層の不安や悩みは色々あると思いますが、お近くの相続の専門家にご相談下さい。

 

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